松沢哲郎

スコットランドの山

2017年04月23日付愛媛新聞(掲載許可番号:G20180201-03549)

英国に、2、3、4月と立て続けに出張した。行ってすぐ帰るだけの旅が多いが、3月のスコットランドでは、セントアンドルーズ、スターリング、エディンバラの主要3大学で講演し、その合間に2泊3日でスコットランドの高原地方の山旅をした。

スコットランドで最も美しいといわれるグレンコー渓谷。スコットランド・ゲール語でグレンは「谷」を意味するので、「コー渓谷」である。「嘆きの渓谷」という意味だそうだ。グレンコーと聞くと英国の人々は「グレンコー・マサカ(グレンコーの大虐殺)」という歴史上の事件を連想する。1692年、イングランド政府内強硬派とスコットランド内の呼応する勢力の手によって、グレンコー村で起きたスコットランド人の虐殺事件である。

山のイメージが日本と全然違うのに驚いた。木が生えていない。氷河のU字谷になっていて、氷で浸食された岩肌がむき出しになっている。浅い土壌にへばりつくように草が生えている。それを食べるアカジカの群れに出合った。興味深いことに、最年長の雌を中心に雌と子どもたちで集団をつくるそうだ。それとは別に雄だけの集団にも出合った。交尾の季節だけ、雄が雌の群れに入ってくる。

山好きな学者仲間の案内で、ブーカレ・エティブ・モール山群の最高峰に登った。標高1022メートルだが、登り口で標高約300メートルなので、実際の登りは700メートル以上ある。谷筋にべっとりと雪がつき、最後はアイゼンとピッケルでの急な雪壁登りになった。足元はすっぱりと切れ落ちている。懐かしい感覚がよみがえってきた。こうした装備で雪壁を登るのは1990年にチベットのシシャパンマ峰8027メートルに登頂して以来だ。

あいにくみぞれが降る天気だった。寒い。 稜線りょうせん に出ると、北西から猛烈な風が襲ってきた。大西洋を越えてきた重く湿った風だ。凍った地面にピッケルを突き立てて吹き飛ばされないように足を踏みしめる。ヒマラヤの高峰と変わらぬ厳しさだった。

帰国して山の悲報に接した。栃木県那須町のスキー場で、登山講習会に参加した県立高校の生徒と教員の計8人が死亡した雪崩事故だ。ご遺族ならびに関係者の方々の胸中は察するに余りある。私自身、大学山岳部のころ雪崩遭難を経験した。雪がたくさん降ったら、どの斜面でも新雪雪崩は起き得る。「降雪中と、直後には、雪の斜面に近づかない」。そうした基本を守ることが大切だろう。

昨年から8月11日が「山の日」になった。「全国山の日協議会」の副会長として、長野県松本市の上高地で開催された昨夏の記念式典に参加した。皇太子さまご一家も参加された。梓川越えの穂高の山並みを見るのは約40年ぶりだった。幸い天候にも恵まれた。山に緑の木々があり、白い残雪があり、青空が広がっている。見慣れた風景だと思うが、実はスコットランドの山には決してない、日本ならではの風景だと思い至った。

もうすぐ5月の連休だ。年によって、つまり天候や残雪量次第で、山の条件は著しく変わる。何十年に1度の事態が実際に起こるので、個人の登山経験だけに頼っていては、安全な対処はできない。物事の本質に立ち返って山を理解し、山に親しむ機会を持ちたいと願う。(まつざわ・てつろう、松山市生まれ)