松沢哲郎

雲南の山とキンシコウ

2017年05月28日付愛媛新聞(掲載許可番号:G20180201-03549)

5月の連休を含む半月を中国の雲南省で過ごした。省都・昆明の大学で講演後、北部の麗江を拠点に野生キンシコウの調査と山登りをした。キンシコウは、標高3千~4千メートルの雪の高山でサルオガセという地衣類を主食に、大きな群れをつくって暮らしている。孫悟空のモデルといわれるサルだ。

雲南は中国南部の省で、面積は39万平方キロメートルと日本とほぼ同じ。四囲を陸に囲まれており、北はチベット、時計回りに四川省など、そしてベトナム、ラオス、ミャンマーと接している。緯度はほぼ台湾と同じで、最高峰は未踏の梅里雪山(メイリシュエシャン、6740メートル)だ。

1990年に京都大の学士山岳会が二つの遠征隊を中国に派遣した。一つは春に出たチベットの8千メートル峰シシャパンマ。私が登山隊長を務め、日中合同隊の22人が登頂した。60歳の登頂者もいて、これが「ヒマラヤ銀の時代」、つまり高齢者のヒマラヤ登山の先駆けになった。

もうひとつは秋の梅里雪山の隊である。初登頂を控えた第3キャンプで、1月4日未明の就寝中に雪崩に遭い、日中合わせて17人全員が死亡した。そのとき私はアフリカで野生チンパンジーの調査をしており、何もできなかった。7年後に明永氷河の末端部で遺体・遺品が発見、回収された。

友人たちが逝った雲南。初めて訪れたのは94年である。野生チンパンジーにも地域ごとに異なる文化がある。そうした発見の延長で人間の文化にも興味を持った。中国には55の少数民族がいる。雲南省にはイ族、白族、回族、納西族、チベット族など26の民族が暮らしているが、とりわけモンゴル族に着目した。モンゴルは中国の北に位置する。なぜ南の雲南に彼らがいるのか。

チンギスハンの興した元の時代、西はヨーロッパ、東は日本、南は雲南のさらに南までモンゴル族が押し寄せた。退潮する時に前線にとり残された兵士と家族が、雲南のモンゴル族の起源である。

雲南への行き来を始め、いつか梅里雪山を見たいと思っていた。文献に当たるうちに興味深いことに気付いた。梅里雪山一帯はキンシコウの空白地帯なのだ。ここは国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界自然遺産に登録された地域で、「三江併流」と呼ばれ、アジア三大河川の揚子江とメコン川とサルウィン川が幅60キロほどの間にひしめいて南北に流れている。

揚子江の東には四川省のキンシコウがいる。揚子江とメコン川の間の地域には雲南キンシコウ、サルウィン川の西にはミャンマーキンシコウがいる。しかし、メコン川とサルウィン川の間、つまり梅里雪山の地域には記録がない。分布の連続性を考えると、未知の新種がいるか、かつていたに違いない。

未知のキンシコウを探して梅里雪山の地域へ2014年から通い始めた。3年がたち、今回が4回目の調査だ。新種はまだ見つかっていない。麗江から約3時間の老君山で、京大の大学院生になった雲南省出身のリウジエ君と雲南キンシコウの調査を続けている。彼らのすむ森で生態を知り、行動を観察する目を養う。

山登りと霊長類学が交差したところにキンシコウがいた。これからも雲南への旅を続ける中で、友人たちへのおも いを新たにしたい。