松沢哲郎

西安の兵馬俑に思う

2017年09月10日付愛媛新聞(掲載許可番号:G20180201-03549)

8月の旬日を中国で過ごした。上海、広州、西安の3都市を巡る旅である。中国でのこれまでの見聞を振り返りつつ今回の旅の報告をしたい。

1988年に北京で交渉を始め、京都大学学士山岳会の隊を率いて89年に新疆ウイグル自治区のムスターグアタ峰(7546メートル)、90年にチベット自治区のシシャパンマ峰(8027メートル)に登頂した。

89年の時、行きの北京は平穏だった。1カ月を山中で過ごし、帰りはまさに例の事件の真っただ中だ。巨大な天安門前広場が数千の戦車と装甲車で埋め尽くされていた。

90年に痛感したのはチベットの疲弊だ。当時、既に人口の約半数が漢民族になっていた。チベット族が少数派なのだ。ラサのポタラ宮殿には多くの若い僧がいて英語のできる者もいる。言葉を選んだ会話の中から現状への憂慮が察せられた。

チベット族もウイグル族も少数民族が抱える悩みは同じと理解した。要は、中華思想つまり中国が世界の中心で、人口の約9割を占める漢民族支配があり、共産党の一党独裁による徹底した官僚機構がある。その3点から外れた者には息苦しい。あの広大な国で時刻は北京に統一されている。朝9時、新疆など西域の夜はまだ明けない。

約30年前、北京も上海も人民服と自転車の街だった。みんなカーキ色の人民服を着ている。早朝の通勤時は銀輪の波だ。荷台に大きな箱を付けた自転車がある。何かな?とよく見ると、中に子どもがいる。大事な子を風にも当てない。一昨年廃止になった一人っ子政策という人口抑制策の時代だ。

さて今回の旅で最初に着いたのは上海だった。拙著「想像するちから」が中国語に翻訳された。「想象的力量」が題である。「像」が「象」になっているのは現代中国の簡体字のためだ。ブックフェアで著書について講演した。10億人を超える人々の中にチンパンジー研究者は皆無だ。研究に耳を傾けてくれる巨大な市場がある。

次に訪れた広州も大都市だ。国父の孫文(孫中山)の名をとった中山大学に招かれた。郊外の長隆野生動物世界というサファリパークが圧巻だ。米国のフロリダでウォルト・ディズニーが経営するアニマルキングダムに行ったことがある。同様のコンセプトで野生動物たちを放し飼いしている。よく中国製はまがいものと揶揄されるが本家よりも素晴らしい。南方で気候も良い。パンダも三つ子を含めて14頭いて年間約400万人の来場者がある。

最後が西安、昔の長安である。中国霊長類学会が発足し創立大会で記念講演した。そして孫悟空のモデルといわれるキンシコウというサルを見に行った。その秦嶺山脈には野生のパンダとターキン(牛の仲間)もいる。

良い機会なので兵馬俑を見に行った。秦の始皇帝の陵墓だ。兵士をかたどったテラコッタが並んでいる。その数、約8千体。2千年以上前の兵士の姿に、天安門前広場で見た戦車の車列が重なって見えた。人間の本質は変わらない。中国という国も変わらない。秦に始まり、隋や唐や元や明さらには清朝を経て、今は毛沢東の開いた共産党王朝の時代なのだと思う。