撮影: 京都大学霊長類研究所/ Primate Research Institute, Kyoto University
図: へビのおもちゃを見つけた直後に母親の方を振り返るパル

これまではチンパンジーの母と子の間のコミュニケーションが数多く取り上げられてきた。たとえばほほえみや見つめあい,移動,食物分配,道具使用学習のときのやりとりなどなど,枚挙にいとまがない。しかし,これら母子のやりとりを見ていて気づいたことがある。これらのやりとりはヒトの母子におけるやりとりと本質的に異なっている。その違いは,母と子と物との関わりの中で特に際立っている。

「9カ月の奇跡」はあるか?

ヒトの乳児では,だいたい9カ月頃になると,母子間のコミュニケーションに質的な変化が生じる。それまでは,子どもと親や,子どもと物といった「2者関係」が基盤となったかかわりが圧倒的に多かったのが,この頃になると自己と他者と物が相互にかかわるという「3者関係」が主となっていく。このような現象は「9カ月の奇跡」と呼ばれ,自己と他者が外界への注意を共有する「共同注意」やそれに続く「他者の心の理解」の出発点となると考えられている。たとえば,ヒトの2歳児にこれまで見たことのないおもちゃを手渡してみる。はじめはそのおもちゃを調べているが,しばらくすると必ずといっていいほど母親の顔を見つめる。さらにはおもちゃを母親の顔の前に差し出したり手渡したりする。母親の方も,それにこたえておもちゃを介して子どもに働きかける。これが典型的な3者関係の中でのコミュニケーションだ。

ところが,チンパンジーではこれに相当する変化がみられないようなのだ。子どもチンパンジーのクレオに同じように新しいおもちゃを手渡してみる。すると,少し調べたらすぐにそれを振り回したりして遊びはじめる。クレオの母親のクロエはそばにいるものの,子どもの様子をうかがっているだけで決してクレオと物の2者関係の中に割り込んではこない。一方,クレオもクロエの注意を積極的に自分と物の側に引き寄せようとはしない。これがチンパンジーでは普通なのだ。

以前紹介した「指さし」の理解の場面(第4回参照)でも,ヒトとチンパンジーの差がかいま見える。実験者がアユムの背後に向かって指さしをする。2歳前くらいになると後ろを振り返ってそこにある物を見つけることができる。ヒトの子どもではその後再び指さしをした人の方を振り返り,「面白い物を見つけた」という経験を共有しようとする。ところが,アユムを含め,チンパンジーにはこれがまったくない。他者の注意に追従することは1歳くらいからできるようになるが,何か面白い物を見つけると,そこで実験者との2者関係は断絶して,子どもと物の間の2者関係に終始してしまう。

母親はどうか?

では,母親の方はどうだろうか。先にも述べたように,チンパンジーの母親は「自己-他者-物」の3者関係を構築するような積極的な働きかけを子どもに対してすることはほとんどない。あるとすれば,物を使って子どもに向かって遊びかけをすることぐらいだ。母親のクロエやパンなどはしばしばタオルを子どものクレオやパルの目の前で振って遊びに誘う。子どもがその誘いに乗ってくると延々とタオルを使っての遊びが続く。しかし,これ以外の場面で母親が積極的に3者関係のなかでかかわりをもとうとはしないようである。ハチミツなめと呼ばれる道具使用の実験場面もその典型である(第6回参照)。母親は一所懸命に道具を使ってミツをなめ取っているが,その間子どもはそれをじっと観察している。時には色々なちょっかいを出すが,母親の側から積極的に働きかけて「母親-子ども-道具」という3者関係を築くことは非常に少ない。このような,チンパンジーのコミュニケーションの独自性が,いわゆる「母親の背中を見て学ぶ」という彼らの社会的学習の基盤になっているのだろう。

参照点としての母親?

ヒトの子どもが未知の物を見たときに母親の方を見るという現象は「社会的参照」と呼ばれている。これまで見たことのない物や場面に出あったとき,ヒトの子どもは母親の顔を見て,そのときの反応をもとにそれらが危険な物なのか,そうでないのかを判断している。興味深いことに,ヒトの手で育てられたチンパンジーの子どもではこのような社会的参照が生じるという報告がある。このことは,母親(養育者)の役割の重要性を浮き彫りにしている。ヒトは積極的に3者関係の中で子どもとかかわろうとする。そのような環境で育ったチンパンジーは母親を参照点として積極的に利用することを学ぶのだろう。

では,本当にチンパンジーの母子間で「社会的参照」は起きないのだろうか。最後に一つエピソードを紹介しよう(図1)。母親のパンと3歳のパルと同室したとき,私はパルにタオルにくるんだヘビのおもちゃを手渡してみた(左上)。パルはタオルが大好きなので喜んでそれを手にとり,振り回して遊ぼうとした(右上)。すると,タオルの中からヘビのおもちゃが飛び出してきた(左下)。ヘビのおもちゃが大嫌いなパルはびっくりして飛びのき,次の瞬間,少し離れたところにいた母親の方を振り返ったのである(右下)。パルは,ヒトの子どものように,目にした物に関する情報を得るために母親の方を見たのではないことは明らかなので,ヒトで見られる「社会的参照」とは違う。

では,パルは怖い物を見つけてしまったので単に母親に助けを求めようとしたのだろうか。だとすれば母親の方に走りよって抱きつくはずである。愛着対象である母親を安全基地として,何かあるとすぐにそこへ戻っていくという行動はよく観察される。しかし,パルはそうはしなかった。ヒトでは,既知の物を目にした場合にも母親の方を見るという「参照視」がある。もしかすると,「怖い物を見つけた」という経験を母親と共有しようとしていたのかもしれない。このような事例は彼らの日常生活の中に数多く現れているはずである。これらをより詳細に観察することで,彼らの母子間コミュニケーションの本質が見えてくるだろう。

この記事は, 岩波書店「科学」2004年2月号 Vol.74 No.2 連載ちびっこチンパンジー第26回『物を介した母子のやりとり』の内容を転載したものです。