西アフリカのギニア,海辺の首都コナクリから約1000km離れたボッソウという村の周辺の森で,野生チンパンジーの調査が続いている。18年前から毎年1回訪れて,その暮らしの研究をしてきた。ここのチンパンジーは,石器を使うことで有名だ。一組の石をハンマーと台にして,アブラヤシの硬い種を叩き割り,中の核を取り出して食べる。ほかにも,折りたたんだ葉を使って水を飲む,池の水面に浮かぶ水藻を棒ですくって食べるなど,この群れに固有な道具使用がある。チンパンジーには,人間と同様に,それぞれの地域で異なる文化のあることがわかってきた。

2003~04年も,年末から年始にかけて現地で過ごした。ところが,12月の1カ月のあいだに,5人ものチンパンジーが立て続けに亡くなった。呼吸器系の伝染病だった。11月の末に咳が始まった。ゴホゴホと胸の底から湧き出るような咳だった。2人のおばあさん,2人のあかんぼう,そして10歳の男の子。もともと19人しかいない小さな群れだったので,約4分の1が死んだことになる。

2人のあかんぼうの亡骸を,母親は手放さなかった。ちょうど乾季で,雨がまったくと言ってよいほど降らない。遺体は3日目くらいから急速に腐敗したが,その後は乾燥が進んでミイラのようになった。毛がすべて抜け落ちたが,頭や手足はしっかりと残った。生前の姿をとどめたお人形さんのようである。

じつは12年前にも,子どもの遺体をミイラになっても持ちつづける母親の姿を目撃したことがある。アフリカのほかの調査地ではそうした報告がないので,これもボッソウに固有な文化なのかもしれない。

腐敗が進行するとき,たくさんのハエが群がる。母親が手でそれを追い払う。木の枝を道具にして追い払うこともあった。死んだ子の祖母にあたる女性が付き添っていて,一緒にハエを手で追い払っていた。母親の代わりに,孫を背負って遊ぶ1年前の姿を思い出した。一度に5人もの死は衝撃だったが,チンパンジーのまだ知られていない側面を見た思いがする。とくに,親子のきずなが印象的だった。チンパンジーは4歳くらいまで母乳を飲み,夜は母親に抱かれて眠る。そうした子どもが親になってもまだ続く,深いきずなである。

森が消える

野生チンパンジーの生息数は,100年前はアフリカ全体で100万人くらいだったと考えられている。それが現在では10万人から,多く見積もっても20万人くらいに激減した。残されている森の広さと生息密度から推定した値である。

チンパンジーの数が減る原因は3つある。第1は森林の伐採だ。すみかとなる森を人間が切り開いている。ボッソウ村は,隣国コートジボアールとリベリアとの3国の境に聳え立つニンバ山の麓に位置している。ニンバ山は,ユネスコの指定する世界自然遺産である。この国境を越えて,隣国から難民が入ってくる。ボッソウ村の人口は10年前の倍,約3000人にふくれあがった。世界自然遺産に連なる森でも容赦はない。人々は生きる糧を求めて森を切り開き,とうもろこしや芋の畑にするのだ。

第2は,狩猟である。ボッソウの村人はチンパンジーを食べない。トーテムとして崇めている。しかしよその村人はチンパンジーを食べる。森の獣も鳥も,無料で手に入る食料だ。鉄砲で撃ち,針金で作ったワナにかける。ボッソウの森でも,足首に針金がきつくまきついたチンパンジーの子どもを見たことがある。アフリカの多くの場所で,「ブッシュミート・トレード」が成り立っている。大規模に動物を殺して干し肉にし,森林伐採のためにできた道を利用して,都会まで運び出して高く売る商売だ。

第3は,病気である。最新の研究によると,ヒトとチンパンジーの遺伝子の塩基配列は,1.2%しか違わない。両者はあらゆる病気が共通する。エイズ,エボラ熱,C型肝炎などは,ヒト以外の動物ではチンパンジーしか感染しない。チンパンジーからエボラ熱がヒトに感染した例がある。逆に,村人に蔓延したポリオ(小児麻痺)がチンパンジーに感染した例もある。ボッソウ村では昨年コレラで4人の村人が亡くなった。じつは,今回の呼吸器系の感染症も,なんらかの経路で人間から伝染したのではないかと疑っている。

緑の回廊

森林伐採,狩猟,病気,要はいずれも人間の活動がチンパンジーの暮らしを脅かしている。14人にまで減ったボッソウの野生チンパンジーと,同じ地域に住む3000人のヒト。この地球に残されたたかだか20万人のチンパンジーと,63億のヒト。少数の者が数を減らし,多数の者がますます増える。行き着く先は明瞭だ。現在生きている200種を越える霊長類のうち,ヒト1種を除くすべての種が,いわゆるワシントン条約で「絶滅危倶種」に指定されている。ボッソウの森からチンパンジーの姿が消える。その延長には,アフリカの熱帯林からチンパンジーが消える日が来るだろう。大型の獣から順々に姿を消していき,森閑とした森が残る。その森も残るはずがない。そうした環境で,ヒトもまた生きていけるだろうか。

ボッソウで7年前から「緑の回廊」と呼ぶ植林事業をおこなってきた。ボッソウの森は畑とサバンナに囲まれ,道で寸断されている。そこからニンバ山までをつなぐ森を再生しようという試みである。村人の協力を得て,チンパンジーの糞から発芽した実生の苗木を育て,1本ずつサバンナに植えた。幅300m,長さ4kmの土地に5m間隔で植えるとすると,約5万本の木が必要になる。植えても枯れたり野火にあったりする。でも7年の歳月で,小さな森が生まれ始めた。

人間は,壊すこともできるが,創り出すこともできる。親から子へ,子から孫へ,人間は何を伝えていけるのか。どういう環境を未来に残せるか。自分なりに考え,自分なりに努力してみたい。そうしたことを改めて決意させるチンパンジーの死だった。

この記事は, 岩波書店「科学」2004年3月号 Vol.74 No.3 連載ちびっこチンパンジー第27回『アフリカの森から: 5人のチンパンジーが死んだ』の内容を転載したものです。