図: 「緑の回廊」のための苗木

ボッソウからニンバ山へ

アフリカでまる1カ月の野外調査をした。西アフリカ・ギニアの野生チンパンジーの調査である。少なくとも毎年1回訪れ,今年2005年が19年目になる。主な対象であるボッソウの群れでは,2003年の暮れ,呼吸器系の感染症のために一挙に5人のチンパンジーが亡くなった。その後,子どもを亡くした母親の1人が2004年3月に群れを去った。子どもを亡くした別の母親が9月に早くもあかんぼうを産んだ。そして11月に,3歳4カ月の子どもを連れて若い母親が群れを去った。つまり1人増えたが3人減った。群れの個体数は12人になり,最盛期の半分近くにまで落ち込んだ。

チンパンジーの社会について,アフリカの6つの集団で長期研究が続いている。ボッソウはそのひとつだ。総じてわかってきたことは,チンパンジーの社会は父系の構造をもっているということだ。基本的に,男性は生まれた群れに留まる。女性は,おとなになると群れを出て近隣の群れに移籍する。ボッソウで生まれた女性はすべて,思春期になって子どもを産む前か,あるいは最初の子どもは産んでも次の子どもを産む前には,群れを去ることが明らかになった。

人間を含めて霊長類には約200種類以上の種がいる。そのうちほとんどは,ニホンザルでみられるような,男性が群れ間を移籍する母系の社会をもっている。女性が移籍する父系の社会は,アフリカに住むチンパンジーとボノボ,マントヒヒ,アカコロブス,そして南米に生息するクモザル亜科のサル(クモザル,ウーリーモンキー,ムリキ)だけであることが最近になってわかってきた。文化人類学者レヴィー・ストロースの狩猟採集民の調査によると,父系集団をもつ民族の方が,母系集団をもつ民族よりも圧倒的に多いので,人間はもともと父系集団をもっていたと考えられている。人間の社会のしくみの進化的起源を考えるうえでも,野生チンパンジーの研究は欠かせない。

では,ボッソウの群れを去ったチンパンジーたちはどこに行ったのだろうか。可能性は2つある。ひとつは,南の方向に切れ切れに続く森をたどって行くとリベリアとの国境を越えたあたりに別の群れがいる。ただ内戦の混乱が続くリベリア側の森では,密猟も盛んなので心配だ。もうひとつは,東の方向にニンバ山があり,そこにはたくさんのチンパンジーがいる。 ボッソウのチンパンジーたちの将来を見越して,12年前からニンバ山でチンパンジーの調査を断続的に始めた。2年前からようやく人に慣れ始め,個体識別ができるようになった。そこに,コバと名づけた男性の率いる24人のチンパンジーの群れがいることがわかっている。

「緑の回廊」のアセスメント

ニンバ山は,ギニアで唯一の世界自然遺産である。多様な動植物の宝庫として古くから知られている。ボッソウとニンバ山のあいだにはサバンナが広がっている。ここに植林して,ボッソウとニンバの森をつなげようという試みを,日本大使館や地球環境基金の援助を得て,村人たちと一緒に進めている。「緑の回廊」計画である。まず,植えるべき苗木を用意した。チンパンジーの糞から取り出した種をひとつずつプラスチックの袋に入れて半年から1年間育てる。こうすればチンパンジーの利用する果樹が生育するし,いったん消化管を通った種は発芽率も良い。次いで,サバンナを幅300m,長さ4kmにわたって草を刈って順次切り開いた。そこに5mおきに植林すると,全部で約5万本の木が必要だ。強い陽差しに耐えられるよう,まずマニオク(イモの仲間)や稲を開墾地に植えて,そのあいだの日陰に苗木を移植する方法も試している。

これまではともかく木を植えることに精一杯だったが,今回の調査で初めてアセスメント(評価)をした。最初の年(1997年)に試験的に植えた,「プチ・ジャルダン(小さな植物園)」と名づけた60m四方の区画(0.36ha)を対象にそこに生育している樹木の悉皆調査をおこなった。8年前に28種250本の苗木を植えた後,とくに世話はしていない。今回の調査で,それでも9種62本が根付いたことを確認した。定着率は約25%、4本に1本の割合で生き残った。最も大きな木は,高さ約9m,胸の高さでの直径が約13cmにまで成長していた。

単純に計算すると,「緑の回廊」の予定地であるサバンナを森に変えるには,少なくとも約20万本の苗木を植える必要がある。2004年は2回,合計で1万6000本の苗木を育てた。2005年の1月にさらに8000本を用意している(図1)。

自然の復元力

今回の調査で,われわれが植えていない木もたくさん発見した。高さ10cm程度のごく小さなものを含めると,30種384本の木が確認できた。ルル(ハルンガナ・マダガスカリエンシス)など,チンパンジーが好む2次林に生える木だ。風が種を運んだり,獣や鳥が運んできたのだろう。実際,今回の調査中に,チンパンジーの新鮮な糞をプチ・ジャルダンの区画で発見した。人間が木を植える努力もたいせつだが,サバンナの草を刈り取り,根を掘り起こし,あとは野火に気をつければ、けっこう森が自然に再生するようだ。実際,これまで2回野火が入った苦い経験から,「緑の回廊」の両側に幅10mの防火帯を設けた。12月から4月までの乾季のあいだだけ,見張りの若者2人が巡回している。

2年ほど前から時々,ボッソウのチンパンジーを対岸のニンバ山の麓の森で発見するようになった。長いときには1週間ほど,そちらに滞在している。「緑の回廊」がまちがいなく,通り道として機能していることがわかった。ニンバ山の方には複数の群れがいる。そのうちの2つの群れを毎月20日間,通年で追跡調査する体制も整えた。ボッソウの群れがその命脈を保っているあいだに,はたしてニンバ山まで森を延ばせるだろうか。「緑の回廊」のひんやりとした樹陰を行き交うチンパンジーたちの姿を,サバンナの炎天下に夢想した。

この記事は, 岩波書店「科学」2005年3月号 Vol.75 No.3 連載ちびっこチンパンジー第39回『アフリカの森から: 「緑の回廊」計画』の内容を転載したものです。