霊長類研究所の3人のちびっこチンパンジーたちももう5歳。この5年間,私たちは彼らの中にチンパンジーとしての共通性を探ろうとするとともに,その個性の芽生えにも目をみはることしきりだった。いまの彼らの行動には明らかに個体差が存在する。それは「性格」と名づけずにはいられないようなものだ(図1)。さらに,その「性格」は親子でよく似ている。

アイとアユム: がんばりやさん?

たとえば,アイとアユム。これまでにも紹介してきたように,アユムは母親のアイたちが覚えた数字系列の記憶課題を子どもの中ではいち早く学習した。これはコンピュータ画面上にあらわれた1から9までの数字を小さいほうから大きいほうへ順に触って消していく課題だ。でたらめにやっていて正解する確率は362880分の1だ。これはチンパンジーにとっても天文学的な数字だろう。だから,学習が始まった頃は課題を簡単にしてもことごとくまちがう。ごほうびのリンゴやレーズンがもらえる回数も極端に少なくなる。それでも,アユムはくじけることなく(時にはいやになってどこかへ行ってしまうこともあったかもしれないが)この課題をやりつづけ,ついには9つの数字を用いた課題もクリアしてしまった。直後の報酬がなくても最後までやりとおす熱意は母親のアイにそっくりだ。

クロエとクレオ: 「いらち」?

「いらち」。標準語ではその微妙なニュアンスを伝えづらい関西弁のひとつかもしれない。インターネットなどで検索してみると「じっくり考えもせずにいきなり行動にでる」とでてきた。標準語でいえば「そそっかしい」に近いか。クロエとクレオにはまさしくこのいらちという表現がぴったりくるように思える。この2人は親子ともども問題が画面に出てから反応するまでの時間が他のチンパンジーに比べてかなり速い。とくにクレオは子どもの中でも最も「早撃ち」だ。いきおい,まちがいも増える。いわば「あてずっぽう」に近い反応が非常に多い。だから,学習が完成して機械的に正解を選んでいけるような課題ではほんとうに一所懸命やってくれるが,新しく導入した課題の場合や従来の課題の条件を厳しくしたりして正解率が落ちると,課題に取り組むのを嫌がったりする。また,ひとつの実験がおわったあと次の実験の準備にもたついていると,クロエは待ちきれなくなってぷいとどこかに行ってしまい,クレオも私たちにつばを吐いたりする。彼女らをなだめすかしつつ大急ぎでセッティングをするということをくりかえしているうちに,もともといらちな私もさらにいらちになっていく。

パンとパル: おっとりおっとり?

逆にパンとパルの親子は反応が非常にゆったりしている。たとえば,クロエやクレオが0.5秒くらいで反応してしまう課題でも彼らにかかると優に1秒はかかってしまう。では,じっくり考えているのか。そんな風にも見えないのだ。パンもパルもじっくりと画面を見つつまちがえる。母親のパンなどはクレオやアユムがなんなくこなす簡単な課題をいつまでたっても学習できないということもあった。子どものパルも課題をゆっくりというよりはだらだらとこなしていく。やる気のない学生とあまりかわらない。

性格は遺伝する?

近年,個体差の行動面での表現としての「性格」とその遺伝的基盤を探る研究がゲノム研究の進展とともに興隆している。たとえば,脳内の神経伝達物質であるドーパミンを受けとる受容体やセロトニンを回収するトランスポーターの遺伝子に見られる多型(遺伝子配列の個体間のちがい)と,行動特性の間には,因果関係があるという報告がある。私たちも岐阜大の村山美穂さんらとともにおとなのチンパンジーにおいて多型と行動特性との相関を調べたことがある。アンドロゲン(性ホルモンの一種)の遺伝子の多型と攻撃性の間に関連がありそうだという結果が得られた。親子の間でこのような遺伝子群の多型を総合的に解析してみれば,遺伝的プロフィール(いわば多型の一覧表)が似ていると行動特性も似てくるといった相関が見出せるかもしれない。

しかし問題は,行動面の評価が観察者の主観に左右される点だろう。私たちが直感的にいだく親子間での「性格」の類似を何とか客観的に示すことはできないだろうか。ひそかに考えていることのひとつは,3組の母子すべてが取り組んでいる複数の課題(たとえば記憶課題や写真の弁別課題など)のデータを利用するという手だ。各実験で得られるデータは問題に正解したか否かというものだけではない。何問つづけて行ったか,答えるまでに何秒かかったか,次の問題を始めるまでに何秒かかったか,といった情報も自動的にコンピュータに記録される。これらの情報をうまく処理すれば,各課題の成績だけでなくその課題に取り組む態度というものが客観的に描き出せるのではないか。そしてそこから各チンパンジーの行動プロフィールを作成してそれを比較すればどうだろう。幸い実験データは解析されるのを待っているかのように日々蓄積されている。

この記事は, 岩波書店「科学」2005年8月号 Vol.75 No.8 連載ちびっこチンパンジー第44回『親が親なら子も子?』の内容を転載したものです。