チンパンジーたちの放飼場にも夏がきた。生い茂った緑の奥をよく見てみると,木陰で地面にはえる草を摘んでいるチンパンジーがいる。ペンデーサだ。そして,その横をアユム,パル,クレオといった子どもたちが,すごい勢いで走り抜けていく。子どもたちは,ときおり「ガハッ,ガハッ」といった笑い声を上げながら,木々にぶつかったり,登ったりして,行く先々の緑を揺らしながら動く。パルが,タワー(図1)と呼ぶ構築物を登りはじめると,アユムとクレオがそれに続いた丸太の上を走り,ロープを使って腕渡りし,鉄骨を滑り降り,再び緑の中に飛び込んでいく。ペンデーサも腰をあげ,片手に草の束をもって構築物を登りはじめた。どうやら風通しの良いタワーの上で,ゆっくり食べるつもりらしい。タワーの高さ11mあたりでは,アイが寝転がりながら,そんな様子を眺めている。

タワーをつくる

この放飼場ができ,ちょうど10年が経過した。チンパンジーがチンパンジーらしく暮らせるよう,「太陽があり,土があり,緑があり,水があり,仲間がいる暮らし」を目指した。放飼場の面積は695平米ととくに広いわけではないが,内部には高低差を利用した還流式の小川があり,大小さまざまな木々が生育している。そして,中央にそびえ立つのは,鉄骨とロープと丸太からできた,複雑な構造の3次元構築物である。高いタワーは,本来は半樹上の生活をおくるチンパンジーたちが,野生と同じような行動ができるようにつくられている。

タワーの構造は次のとおりだ。地面から点々と突き出した高さ2~8mの円柱型の亜鉛メッキ鋼管(直径165mm)23本を軸に,それをつなげる形で中空の角パイプ(断面50×125mm)を渡してある。できるだけ環境に変化をもたせるよう,水平・垂直だけでないつくりにした。放飼場の中央に行くほど高くなり,屋根のついた小型丸太ベッドが11カ所,大型ベッドが3カ所にとりつけられている。1995年にできた当初の高さは8mだった。実際のチンパンジーは地上30~40mの高さも利用することを考えて,1998年に,この既存構築物に増築する形で,高さ約15mのタワー3本を建設した。これらをトリプルタワーと呼ぶ。このタワー1本1本は,強度を出すために小さな三角形を組み合わせたトラス構造をしている。さらに強度を出すために3本のタワーは高さ10mの位置で梁を使ってつなげられた。

タワーの高さ10~15m地点には,チンパンジーが休憩でき,日差しや雨をしのぐための屋根のついた広い空間(2.6~3.9平米)を2カ所ずつつくった。まっすぐな鉄骨は木の幹,そこから伸びる斜めの鉄骨や丸太は太い枝,とりつけられたロープはしなる小枝のイメージだ。野生チンパンジーは木の幹や枝を利用して木から木へと移動できる,木の樹冠部を具現した構造になっている。

タワーをつかう

実際にチンパンジーはどれくらいタワーを利用しているのだろう。行動観察の結果,地上でなくとにかく3次元構築物の上で日中を過ごす割合は,タワー導入前で56%,導入後は81%に増大したことがわかった。また,そのうち約4割は新たに導入した高さ8m以上の場所を利用していた。高さ13~15m地点にある,タワーとタワーの間に張られたロープも,1個体につき1日平均1回以上渡っていた(図2)。

野生では,樹上には果実などの食べ物があるが,飼育下ではタワーの上になにかがあるわけではない。それでも,チンパンジーはタワーに登り,移動し,くつろぐ。地上で食べ物をもらっても,タワーの上にもってあがりそこでゆっくり食べる。野生では,1日の半分以上を木の上で過ごし,樹上での生活に適した身体的特徴をもつチンパンジーにとっては,こうした高さのある空間は,安心でき,本来の能力を発揮できる場所なのかもしれない。見ている私たちにも,チンパンジーが高い空間を悠々と利用する姿を見るのは胸がすぐ思いだ。

全国に広がるタワー

京都大学霊長類研究所でのタワー導入の成功を受けて,その後,全国のチンパンジー施設に次々とタワーの建設が続いた。1999年には日本モンキーセンター,2000年に東京都多摩動物公園,三和化学研究所霊長類パーク,札幌市円山動物園,そして2001年に林原類人猿研究センターと神戸市王子動物園,2002年に北九州市到津の森公園と秋田市大森山動物園がタワーをつくった。その後,オランウータンに対してもタワーが作られるようになり,旭川市旭山動物園,いしかわ動物園,東京都多摩動物公園などでタワーが利用されている。

この10年間でチンパンジーの飼育施設の構築物は大きく進化した。さらに高いタワーをつくりたい。ほかのサル類と大型類人猿とが同居して,高さの違う階層を利用する。そんな熱帯の森の暮らしを再現した将来を思い描いている。

この記事は, 岩波書店「科学」2005年9月号 Vol.75 No.9 連載ちびっこチンパンジー第45回『高さ15mのタワーを作る』の内容を転載したものです。