撮影:京都大学霊長類研究所/ Primate Research Institute, Kyoto University
図: たくさんの写真の中からチンパンジーの顔(上)や自動車の写真(下)を見つけ出すチンパンジー,クロエ.

「目は心の窓」。私たちは,他人の顔や目を見て,その人がどこに注意を向けているのか,何を考え,どう感じているのかを推測することができる(と思っている)。このようなことは,私たちヒトという生き物だけが行っているのだろうか。わが家のイヌやネコも,気がつけば私の顔をじっと見つめていることがある。研究所にいるサルたちもそうだ。そして,チンパンジーも。しかし,彼らは私たちが他人の顔や目から引き出すのと同じ情報を,私たちと同じように利用しているのだろうか。

見つめあう

ヒトの親子をよく観察してみよう。親も子も,ひっきりなしに互いに見つめあっていることに気づくだろう。あまりにもあたりまえの光景だが,このようなことを行う動物は意外と少ない。

チンパンジーはどうだろう。数少ない例外のひとつかもしれない。チンパンジーの母子では,乳児が生後2カ月になる頃から見つめあいの頻度が急激に増加する。そしてこの頃の乳児は,自分を見つめている顔を,目がそれている顔よりも好むということが,私たちの実験からわかっている。

誰かが私を見つめている?

おとなのチンパンジーではどうだろう。目がそれているたくさんの顔の中から,自分の方を向いているたったひとつを見つけるのはたやすいだろうか。

ヒトではたやすいらしい。「誰かが私を見つめている」効果とでもいうべきものである。チンパンジーで行った実験でもそれを示唆する結果が得られた。目が合っている顔を見つけるのは, 目がそれた顔を見つける場合に比べると,確かに反応時間は短くなった。しかし,どちらの顔も見つけづらい。この結果も基本的にはヒトと同じだった。

チンパンジーを探せ!

では,目というパーツを含む顔そのものは見つけやすいのか。図1のような画面をおとなのチンパンジーに見せて,どれくらい素早くチンパンジーの顔を見つけ出せるかを調べた(図1上)。比較のために,彼らにとっては何の意味もない自動車を見つけ出すということも行った(図1下)。結果は一目瞭然。チンパンジーの顔を見つけるのは自動車を見つけるよりもはるかに容易だった。

画面に現れる写真の枚数を増やしても,チンパンジーの顔を見つける反応時間は短いままだった。さらに,チンパンジーの顔のかわりに,ヒトの女性の顔,ヒトの赤ちゃんの顔,ニホンザルの顔でもテストしてみたが,結果はほとんど変わらない。顔そのものが見つけやすいのだ。

ただ,面白いことに,日常場面では決して目にすることのないヒトの赤ちゃんの顔の方が,隣の放飼場に住んでいて,毎日それなりに目にしているニホンザルの顔よりも見つけやすいという結果になった。この結果は何を意味するのだろう。読者のみなさんはどうお考えだろう。

誰かが私を見つめている - 再び

上で紹介したのは,目というより顔に関する実験である。少しピントがずれているのでは,と思われる方もいるかもしれない。そこで,この顔検出実験の中に視線の問題をしのばせてみることにした。先の実験では,見つけ出すべきチンパンジーは正面を向いた(目が合っている)顔だった。そこで,正面顔のかわりに真横を向いた顔や,目鼻口のないのっぺら坊の顔を提示してみた。すると反応時間は正面顔に比べて長く,写真の枚数が増えるにつれて明らかに長くなっていったのだ。ヒト女性の顔写真を使っても同じ結果が得られた。

ということは,雑多な写真の中から顔を見つけ出すことの容易さは,もしかすると顔そのものに原因があるのではなく「目が合っている」ことの検出にあるのかもしれない。この実験はまだ進行中であるとりあえず現時点ではそう考えている。

「視線」 - もうひとつの役割

今回は,「目は心の窓」と題してチンパンジーたちの視線の認識に関する現在進行中の実験を紹介した。「心の窓」を開けるまでには到っていないものの,窓枠くらいには手が届いているだろうか。

視線には,今回紹介したように他者の注意をひきつけるという働きだけでなく,ヒトにとってさらに重要な,「他者の注意をそらす」という役割もある。私たちは,他人と目をあわせ,その視線がそれると,自分もそちらの方を向いてしまう。ときにはほとんど反射的にそのようなことが起こってしまう。「あっち向いてホイ」というゲームや,バスケット,サッカーなどでのフェイクやフェイントといった技術は,このような私たちの特性を利用したものであるといってよいだろう。さらに,このような視線の動きから,私たちは他者の「心」を推し測ったりもする。これこそが「目は心の窓」の真骨頂である。

では,チンパンジーではどうか、実は,ここにはヒトとチンパンジーの間に大きな違いが存在する。たとえば,目の構造をみると,ヒトでは白目(強膜)と瞳(虹彩)のコントラストが際立っているのに対し,チンパンジーでは強膜の露出部分が少なく,かつ虹彩とのコントラストもほとんどない。このような「目」は,視線だけで相手に何かを伝えるコミュニケーションのツールとしては不適だ。とすると,このような目をもつチンパンジーとヒトとでは,他者の視線を知覚し,そこから他者の心を推し測るというような,高次な認知能力にも違いがあるのかもしれない。

紙面が尽きてしまった。この問いについては,また別の機会に考えてみることにしよう。

この記事は, 岩波書店「科学」2006年8月号 Vol.76 No.8 連載ちびっこチンパンジー第56回『目は心の窓』の内容を転載したものです。