動画の出典:Hockings KJ., Anderson JR. , Matsuzawa T (2006) Road crossing in chimpanzees: a risky business. Current Biology, Vol 16 No 17, 668-670

西アフリカ・ギニアのボッソウ村の近隣の森に,一群の野生チンパンジーが暮らしている。1976年から30年間,霊長類研究所の調査隊が,彼らの暮らしについて長期継続調査をしてきた。

ボッソウのチンパンジーは石器を使うので有名だ。一組の石をハンマーと台にして,硬いアブラヤシの種を叩き割り,中の核を取り出して食べる。今春からの中学2年生の国語教科書(光村図書)の「文化を伝えるチンパンジー」を参照していただきたい。先日,実験のあとで6歳になったアユムにこの教科書を見せたら,まず幼いころの自分の顔を指差し,ついで野生チンパンジーの石器使用の写真を指差した。真意のほどは聞けないが,興味深げに写真に見入っていた。

道を渡る

ボッソウのチンパンジーは,人間の住む村に隣接した森をすみかに,人間の暮らしと交差し,共存している。彼らが暮らす範囲は,村の周辺の約15km 2の森だ。純粋な森(一次林)の面積はわずかで,人手の入った二次林や,焼畑の跡地,さらには人間の耕作地にも出没する。すみかの森が,南北を貫通する大きな道路(道幅約12m)で東西に分断されている。この道は,人だけでなく,自動車やオートバイも通る。もう,1本細い道(道幅約3m)もあって,ここはほとんど地元の人しか通らない。チンパンジーは,熟した果実を求め,この2本の道を横断して東西の森を行き来している。人間と共存しているとはいえ,チンパンジーにとって道路を横断するのは危険が伴う。

チンパンジーが道路を横切る様子は,これまでに何度も観察されてきたが,まとまった英語の論文にはしていなかった。このたび,イギリスのスターリング大学心理学部の大学院生キムバリー・ホッキングスさんと,その指導教官であるジェイムス・アンダーソン教授との3人の連名で,アメリカの科学誌『カレント・バイオロジー』(2006年9月5日号)に論文を掲載した。

2005年にこの2本の道路を渡るチンパンジーの様子を丹念に記録し,ビデオに収録し,道を渡る行列の構成について詳細な分析を行った。今回の調査の時点で,群れの構成はおとなの男性3個体,おとなの女性5個体,子ども3個体,あかんぼう1個体の合計12個体である。チンパンジーは,いつもは数個体ずつのバラバラな小集団に分かれており,出会っては別れ,別れてはまた出会う。道を渡るのは,全員で渡るときも数個体で渡るときもある。道を渡るときは危険が伴うので,たくさんの個体が同時に渡ることが多い。

今回の研究で,道を渡るときには役割分担のあることが,明確にデータとして示された。まず,道の端に出てきて様子をうかがう偵察者がいる。そのあと,実際に先陣をきって渡る者がいる。道の途中で立ち止まってほかの者たちの通過を見守る者がいる。そして,しんがりをつとめる者がいる。つまり,偵察,先陣,見張り,しんがり,という役割分担である。




広い道を渡る野生チンパンジーの行列
先頭の男性は,渡り終えると,そこで止まって後続を見守る
撮影:キムバリー・ホッキングス

他者を守るために役割分担する知性

おとなの男性3人を含めた男女多数が一緒に渡った28例について分析してみた。おとなの男性たちは,群れの中の社会的順位によって第1位(14歳), 第2位(25歳), 第3位(40歳以上)がいる。年齢を1。5倍すると人間のそれとほぼ釣りあうので, 21歳, 38歳, 60歳以上といったところだろう。チンパンジーの社会構造からみて,第3位の男性が年老いた父親で,あとの2人は息子だと考えられる。彼らが役割を分担して,女性や子どもたちを守る様子が行列の構成から見えてきた。主な4点を指摘する。


(1)偵察し先陣をつとめるのは,群れの第2位の男性が多かった。しんがりは,群れの第1位の男性がつとめることが多かった。女性や子どもたち,とくにあかんほうを抱える女性は,行例のなかほどに位置する。
(2)狭い道は24秒で渡るが,広い道では約3分かかる。広い道を渡るときには危険度が高いので,道の端に出てきて様子をうかがい始めてから実際に渡るまでの,待ち時間が長かった。
(3) 狭い道では最初に現れた偵察チンパンジー(第2位のチンパンジー)が左右をうかがい,そのまま先陣として渡る。 100%そうだった。しかし広い道ではその割合が70%にまでおちて,別の者が先陣をつとめることがある。つまり,偵察と先陣の役割分担が起こる。では,だれが先陣をきるかというと,後ろから来た,年齢が40歳を過ぎた老練な男女,つまり「第3位のおとなの男性」と「現在第1位の男性の母親」が先陣をきることが多かった。
(4) 狭い道では,必ずしも第1位の男性だけがしんがりをつとめるわけではない。 しかし広い道では,第1位の男性がしんがりをつとめる割合がぐんと増える。

以上のことから,道を渡るのに伴う危険の程度に応じて,柔軟にフォーメイションを変えながら,チンパンジーが互いに助け合って危険に対処している様子が明らかになった。こうした役割分担をした連携ができることから,他者の行動を予測し,他者の意図を理解してふるまう様子がうかがえる。しかも,これは仲間のために,わが身を危険にさらす利他的な行動だ。チンパンジーがもっている,深い知性の新たな側面が,フィールド研究からみつかった。ビデオクリップがあるので,実際に,その様子をぜひ,ご覧いただきたい。

この記事は, 岩波書店「科学」2006年11月号 Vol.76 No.11 連載ちびっこチンパンジー第59回『道を渡る野生チンパンジー』の内容を転載したものです。