図1: おとなの男性が村の民家の軒先にあるパパイヤの木に登ってその実を盗る.撮影:キムバリー・ホッキングス.

人間の栽培した植物を分け与える

大きなパパイヤの実を取ってきた野生チンパンジーが,それを「贈り物」に使うことがわかった。大橋岳とキムバリー・ホッキングスを中心とする日英米葡4カ国の国際チームの研究成果だ。

調査対象は西アフリカのギニア,ボッソウ村のすぐ裏の森にすむ野生チンパンジーである。霊長類研究所のチームが1976年から継続観察している。森は,稲のたんぼ,畑,荒地としてのサバンナに囲まれている。群れは,この森を拠点に約30km2という広範囲を歩き回っている。森の中だけではなく,サバンナや耕作地や民家の周辺にも出没する。主には森の木の実や葉を食べるが,人間が植えた田畑の作物も食べる。

2002年からの調査期間中,群れには多いときで19人のチンパンジーがいた。しかし,2003年末に呼吸器系の病気で5人が亡くなり,その後,子どもを亡くした女性が失踪したので,13人にまで減った。おとなの男性はいつも3人で,フォアフ,ヨロ,テュアだった。

最初の調査を大橋がおこなった。期間は,2002年7月開始の222日間。おとなの男性の後ろを朝から夕方までまる1日追跡するなかで,パパイヤの実をめぐる興味深い行動に着目した。引き続いてホッキングスが,より広く「チンパンジーの農作物荒らし」に焦点をあてて調査した。期間は,タチアナ・ハムル,ドラ・ビロ,クローディア・ソウザ,松沢哲郎らほかの研究者の観察結果もあわせて,2003年2月開始の454日間である。

ホッキングスらの資料では,調査期間中に,786回の農作物荒らしがあった。そのうちの58回で,手に入れた食物を仲間に分け与えた。ちなみに同じ期間で,農作物ではない自然の植物を分け与えた例は,母子間の例を除けばたった1回だけだった。自然の植物の場合,ふつうは自分で取ればよい。つまり,少し危険をおかして人間の領域で手に入れた農作物に限って分け与えることがある。その確認された58回について,さらに詳しく分析した。全部で17種類の食物があった。パパイヤ,パイナップル,オレンジ,とうもろこし,カカオ,キャッサバなどである。しかし,そのうちの大部分の43回がパパイヤの実か葉か茎かで,とくに36回がパパイヤの大きな実だった。

図2: パパイヤの実を2個抱えて木から下りてきたチンパンジー. 撮影:シリル・ルオッソ

パパイヤを2個持っていく

だれが盗ってきて,だれに分け与えるのか。58回の観察例のうち,最も多い25回が,おとなの男性が盗ってきた作物をおとなの女性と分けるものだった。とくにそのうちの21回が,パパイヤの大きな実だった。大橋の観察によれば,典型的な場合として,男性が大きな実を2個盗ってくる(図1. 2)。1個は自分用で,もう1個は少しかじってから女性に分け与える。(1)差し出して手渡す,(2)地面において自由に持っていかせる,(3)手に持ったままで渡さないが自由にかじりとっていってよい,という3つのパターンがあった。

今回のわれわれの観察の重要な点は3つある。(1)植物(農作物)を分配した。(2)主に男性から女性に限られる。(3)人間との共存がすすんだ結果,新たに生まれた文化的行動だ。

これまで,野生チンパンジーが狩猟をして,獲物のサルやイノシシやシカを,仲間に分け与えることは知られていた。しかし,こうした肉の分配は知られていても,植物の分配はほとんどおこらない,と信じられてきた。また,肉の分配の場合は,男性が狩猟して男性の間で分かち合う。そこに発情期の女性も加わっておこぼれにあずかる,というパターンだ。今回のパパイヤの贈り物の場合,とても重要な違いは,男性から男性へ分け与えることがほとんどないということだ。パパイヤの実は,男性から,日ごろ親しくしている発情期の女性に対して分け与える。子持ちの発情していない女性は対象にならない。

パパイヤの実を盗りにいく直前,おとなの男性は毛を逆立てて,自分の体をぼりぼり掻く。これは不安の兆候である。ふだんの4倍程度の頻度で掻いていた。つまり,民家の軒先のパパイヤを盗るので,かなり緊張していると考えられる。こうして,高いコストを払って手に入れた貴重な食物ならば,ふつうに考えればそれを分け与えるのは得策ではない。それをあえてするという点から見ても,これは「贈り物」といえるだろう。

新しい文化の創造

動物界では,求愛の動作のなかでオスがメスに食物をもってくる例は知られている。こうした行動はそれぞれの種に生得的に組み込まれている。今回の事例はまったく違って,この地域のチンパンジーだけがおこなう,新たな文化の創造といえるだろう。人間とチンパンジーの共存が進んだことが背景にある。村の中にまで進出してきて,チンパンジーが「大きなパパイヤの実」という狩猟の獲物に匹敵する新たな食物資源を発見した。それを「贈り物」として使って,男女の結びつきを強めていると考えられる。詳しくは文献(1)(2)を参照していただきたい

この記事は, 岩波書店「科学」2007年11月号 Vol.77 No.11 連載ちびっこチンパンジー第71回『パパイヤの贈り物』の内容を転載したものです。