森林の喪失

2008年5月末に横浜で,日本が主導する第4回「アフリカ開発会議」(TICAD)が開かれた。アフリカには54ヵ国があり,そのうちの24ヵ国と日本は大使館交換をしている。しかし,一般にはなじみがうすく,関心も低い。アフリカでチンパンジーを研究してきた者として,アフリカの森から見えてきたものをお伝えしたい。

アフリカは,とても大きな大陸だ。中国,インド,ヨーロッパ,アメリカ合衆国,その面積すべてを足してもまだ足りない。その大陸の中央部,赤道をはさんだ南北に,熱帯多雨林が広がっている。その森と周辺のサバンナにチンパンジーが住んでいる。

近年,その生息数が激減している。人間の活動が原因で,その最たるものが森林伐採である。建築資材や紙の原料として材木を切り出し,先進国に輸出する。あるいは人口の増大に伴い,森を切り開いて農地にする。すみかである森がなければチンパンジーは生きていけない。同時に,森に住むたくさんの種類の動物や植物が失われる。

地球上に森がどれくらいあるかというと,約39億haであるという試算がある。そのうちの約100万haの広さの森が,毎年失われているそうだ。これは100km四方の広さである。つまり毎年,岐阜県とほぼ同じ面積に相当する森がなくなっていることになる。

石炭や石油といった化石燃料が枯渇するにつれて,バイオ燃料に注目が集まっている。また食料そのものの需要も高まっている。森を切り開いてトウモロコシや大豆をつくる。森林の喪失は,今後さらにその速度を増すだろう。

森林の果たす役割

近年,気候変動,とくに地球温暖化への懸念が高まっている。その1つの原因として,温室効果ガスの影響が考えられる。とくに二酸化炭素については,その排出量規制が検討されるようになった。「京都議定書」という枠組みで議論されている。こうした議論をアフリカの森から眺めると,2つの重要なポイントが指摘できる。

第1は,二酸化炭素を排出するのではなくて,吸収するものとして,森林はきわめて重要な位置を占めているということだ。森の木々は,太陽の光と空気中の二酸化炭素をもとに,光合成をしてエネルギーにする。二酸化炭素の排出量に目を向けるだけでなく,積極的に吸収する,そうした自然の回復力にも目を向けるべきだろう。

第2は,森林が守っている生物多様性である。地球温暖化によって,ホッキョクグマや南極のペンギンが困るように,熱帯多雨林の伐採によって,多数の動植物が絶滅している。熱帯多雨林は,世界の陸地の面積でいえばわずか約7%だが,生き物の種の数でみると,半数以上がこの熱帯多雨林に集中している。つまり,森が失われるということは,生物の多様性が失われるということだ。

この地球上には,微生物からクジラまで,さまざまな大きさのさまざまな生命がある。進化は競争ではない。それぞれの種が互いの関係を保って生きのびてきた。人間はそのうちの百数十万種を識別し,学名とよばれるラテン語の名前をつけてきた。でも,まだ記載されていない新種が多数あり,おそらく数百万種か数千万種の生命があると推定されている。

人間に寿命があるように,じつはこれら生物種にも寿命がある。生物種の平均寿命は,化石の研究からみると,だいたい100万年から1000万年だといわれている。本来はそうした長い時間をかけて栄枯盛衰すべき生命が,種の絶滅というかたちで,突然,急速に消滅しつつある。

多様性が失われ,ほかの生命が次々となくなっていくなかで,人間だけが生き残る,ということは考えられない。なぜなら,穀物も野菜も肉も,食べ物はみな生き物だ。ほかの生物の生命を毎日いただいて人間は生きている。

撮影:大橋岳/ 提供:京都大学霊長類研究所
図: 森のこずえを見上げる年老いたチンパンジーの女性。

1ppmから世界を考える

現在,地球上の人間の数は,約66億といわれている。一方,チンパンジーの数は20万弱,ゴリラになると,せいぜい数万だろう。絶滅の危機に瀕した大型の野生動物の数は,数百,数千,多くても数万という数値になった。

ご存知のように,100分の1のことを百分率といって,パーセント(%)という単位であらわす。100万分の1のことを百万分率といって,ピーピーエム(ppm)であらわす。

人間を含めたヒト科4属(ヒト,チンパンジー,ゴリラ,オランウータン)を母数にすると,ゴリラという存在がヒト科で占める割合は,数ppm程度でしかない。でも,われわれの地球上からゴリラがいなくなってよいだろうか。

日本の動物園にいるゴリラは全部で29人だったが,きょう(2008年5月26日)またひとつ訃報が入り,28人になった。この20年間で2人しかあかんぼうが生まれていない。つまり22世紀には,確実に日本の動物園からゴリラは姿を消す。そして日本だけでなく,アフリカの森からもその姿を消すだろう。ゴリラで起きることをなぞるように,同じことがやがてチンパンジーでも起きるだろう。

ゾウやゴリラやチンパンジーは,目に見えるかたちでその数を減らすが,その背後には,目には見えない無数の動植物の消えゆく姿がある。大型の哺乳類は種子散布者である。彼らが植物の果実を食べ,遠くへ運んで排泄することで,動けない植物のかわりに子孫を撒き散らしている。そうして熱帯多雨林の生物多様性が守られてきた。彼らが住まなくなった森は,もはや本来の森として成り立たない。

小さなものに目を配る,小さなものから考える,「1ppmの思想」—,それが今たいせつなのではないだろうか。

この記事は, 岩波書店「科学」2008年7月号 Vol.78 No.7 連載ちびっこチンパンジー第79回『1ppmの思想』の内容を転載したものです。