人間とチンパンジー

エマニュエル・グルントマン著『人間もまたサルである』という写真集が出版された(図1)。原題は"l'homme est un singe comme les autres"。フランスのHACHETTE社製で,大判の写真集だが価格は手ごろである。縁があって序文を書いた。

表紙は,あかんぼうを胸に抱いたまま横たわる母親の姿だ。母子ともに安らかな表情で,眼を閉じている。かすかに微笑んでいるようにも,母は子を見守っているようにも見える。人間の親子とチンパンジー(ボノボ)の親子が,そっくり同じ姿で対置されている。

ページをめくると,人間もオランウータンも,あごに手をあてて虚空に眼を泳がせている。人間もゴリラも,頭を抱えこんで悩める姿をしている。要は,同じポーズの写真を並べることで,人間がいかに彼らと似ているかを強く印象づけている。

「ヒト科ヒト属ヒト」といって,人間だけを特別視するかのような理解は正しくない。ヒト科は,ヒト,チンパンジー,ゴリラ,オランウータンの4属である。そもそも「サル目ヒト科」であり,「哺乳綱サル目ヒト科」である。人間は進化の産物であり,子どもが親にしがみつき,親が子どもを抱くのは,サルの仲間としての特性だ。あかんぼうを母乳で育てるのは,哺乳類の共通祖先から受け継いだ親子関係である。

人間とチンパンジーで,見かけは違っても,「尻尾のないサル」としての本質はきわめてよく似ている。98.8%までDNAの塩基配列は同じだ。そうした説明を超えて,「じつは両者は見かけもそっくりだ」ということを,この写真集は如実に表している。ぜひ手にとって見ていただきたい。

浮世絵と印象派

2008年は日仏修交150周年である。江戸時代の終わりに欧米の列強が,鎖国を解くために日本にやってきた。そしてその後,多くの文物が海を渡っていった。仏像や壷や皿などには梱包材が必要だ。そこで,庶民の暮らしに広く根づいていた浮世絵が,今日の新聞紙のかわりに使われた。

西欧で,荷をほどいたときに,出てきた浮世絵のほうに注目する人びとがいた。画家のクロード・モネもその一人である。彼は,浮世絵の収集家としても知られている。

写楽,北斎,広重—浮世絵の多くは木版画である。その制約から,多色刷りとはいえ細部に眼を凝らせば,単色で平板な色だ。色を重ねず,違う色を隣り合わせに並べて表現するという技法のもつ,その奥行きの深さにモネは驚いたのである。

モネは,印象派の名の由来になった「日の出,印象」や一連の「睡蓮」の絵で知られる。形のある物ではなくて,陽光や靄や水をモネは描こうとした。ニューヨークのMoMA(近代美術館)で,パリのオルセー美術館で,オランジェリー美術館の地下の1フロアー全体で,そして上野の国立西洋美術館などでモネの睡蓮を見ることができる。違った色を同じ平面に対置してゆくことで,空気と水とその温もりまで描いている。浮世絵の技法そのものなのだが,もはや誰もそれを意識しない。モネは,技法の背後にある考え方を咀嚼して,彼独自の世界を創りあげた。

静かな侵入

今年(2008年)は日本の霊長類学60周年である。1948年12月3日,今西錦司が宮崎県の幸島に野生ニホンザルの調査に初めて行った。伊谷純一郎と川村俊蔵という2人の京大生が。今西についていった。個々のサルに名前をつけ,食物で手なづけて近づき,長い期間にわたって観察する。それは彼らが考案したサルの調査方法である。

しかし今日,それがチンパンジーであれ,ゴリラであれ,あるいはゾウであれ,寿命の長い生き物を相手にしたフィールドワークでは,「個体識別」と「(餌付けを含めた)人付け」と「長期継続観察」という3つの技法はだれもが利用している。世界標準の調査方法だ。

今西錦司生誕百年を祝う国際シンポジウムで,フランス・ドゥバールが記念講演をした。彼は,今西らのパイオニアワークが西欧の研究者におよぼした影響を「静かな侵入」と表現した(1)。今西らの創案した技法が,今となっては誰が始めたかなど意識されずに,広く使われるようになった。そういう指摘だった。

明治以来,日本は西欧の文物の輸入に熱心だった。多くのことを西欧から学んだ。しかし実際には,西から吹く風もあれば,東から吹く風もあったのだ。

小さな種が見たことのない木に

今から10年前に,エコル・ノルマル・シュペリエールの客員教授として,2カ月間をパリで過ごした。ルイ・パスツールが学び,アンリ・ベルグソンやジャン・ポール・サルトルの学んだ校舎である。ジャック・デリダが使っていた部屋をたまたまあてがわれた。1階には,シモーヌ・ベイユの名前を冠した講義室があった。天折した清貧の哲学者である。大学2回生の春,フランス語の授業で最初に読んだのが彼女の著作だった。

チンパンジーとヒトを対比する比較認知科学の授業を行った。熱心に聴講した一人が冒頭の本の著者エマニュエルだった。その後,彼女はアフリカのボッソウまで野生チンパンジーを見にきた。

キリスト教の伝統の強いフランスでは,「人間と動物」という二分法が今も生きている。「人間もまたサルである」と言い切るのは,まだむずかしい。小さな種が風に乗って遠くに運ばれ,そこで芽吹く。見たことのない木に育つかもしれない『人間もまたサルである』の写真を見ながら,そんな思いを抱いた。

(1)ドゥバール,松沢陽子訳:生物科学,57巻3号,130(2006)
この記事は, 岩波書店「科学」2008年8月号 Vol.78 No.8 連載ちびっこチンパンジー第80回『人間もまたサルである』の内容を転載したものです。