石を使ったヤシの種割り行動

西アフリカ・ギニアのボッソウで野生チンパンジー研究をしてきた。ここのチンパンジーは一組の石をハンマーと台にして,硬いアブラヤシの種を叩き割って中の核を取り出して食べるので有名だ。1988年から「野外実験」を継続している。森の一角に,石と種を用意してチンパンジーの到来を待つ。彼らのあとを追って偶然に出会うという従来の手法と違い,観察の機会が飛躍的に増大した。今では3台のビデオカメラを用意して,石を使ったヤシの種割りと,葉を使って木のうろにたまった水を飲む様子を同時に記録している。

たくさんの興味深い事実がわかった。一組の石を使ったナッツ割りができるまでには生後3~5年かかる。学習の臨界期のあることもわかった。子どもは親をはじめ年長者の様子を至近距離から観察し,自分でさまざまなくふうを重ねる「見習う」学習をしている。利き手も決まっている。ハンマー石を握る手は,各人のレベルでは100%片方に偏り,右利きの割合は約2/3である。種や石を手に持って二足で歩いて持ち運ぶ。いつも使う好みの石や場所がある。他人の石を手に入れるために「あざむく」という手法もある。

人類の石器製作の起源に結びつくような発見もあった。台石の上に硬い種をのせて,ハンマー石で叩き割る。その強打の結果,ハンマー石や台石が割れることがある。とくに興味深いのは,台石がまっぷたつに割れて,その一方が,のちにハンマー石として使われる場合だ。ボッソウの石には堆積岩が多く,割れやすい。これまでの調査では,約5時間の観察中に1回という頻度で石が割れた。石を使って,別の石を強打した結果できた石をハンマーとして使う。これは単なる「石を道具として使う」というレベルを超えた「石器製作」と呼べる技術段階の萌芽といえるだろう。

ツルカナ湖畔のコービ・フォーラ

ケニア北部のツルカナ湖の東岸に,コービ・フォーラという化石人類の発掘調査基地がある。ホモ・ハビリス(「道具を作る人」という意味)の近縁別種のホモ・ルドルフェンシスが発見された場所である。昨2008年7月,ケンブリッジ大学大学院生のスザーナ・カルバーリョさんと一緒に訪れた。約200万年前の地層から,アフリカで3例目だという化石人類の足跡が見つかっている。重ねてみると,ほぼ自分の足と同じ大きさだった。めちゃくちゃ暑かった。日中の気温は50℃にも達する。地表のそこら一帯に化石が散乱している。わたしが歩き回ったときには,アジアゾウに属するというゾウの臼歯を見つけた。人間と同様に,ゾウにも出アフリカの歴史があったのだろう。

約200~250万年前のホモ属の出現と,石器製作の出現はほぼ同期している。ホモ属は,石器製作を進歩させることで,同時代を生きていたアウストラロピテクス属にうちかったと考えられている。石器を使えば,肉を骨からはがしたり,骨を叩き割って骨髄を取り出したりできる。脳はエネルギー消費の高い器官だ。脳の増大→石器製作の進歩→肉食への依存→さらなる脳の増大,というシナリオが書ける。

コービ・フォーラとその周辺からは,石器も出土する。原始的なオルドワン型のものも,洗練されたアシューリアン型のものもある。しかし遺跡から化石人類と石器が見つかっても,それを彼らがどう使ったかはわからない。そこで,化石人類が使った石器の素材となる石をボッソウのチンパンジーに与えて,どのように使われるのか,使われた結果としてどのような変形が石に生じるのか,という調査をスザーナさんと企画した。石器製作の過程を「再現」する研究でもある。

仮説 - 石器製作のはじまり

ボッソウの野外実験場に,コービ・フォーラの石を持ち込んだ。重さは約1kg,火成岩である玄武岩の一種である。ボッソウのチンパンジーたちはこの石を好んでハンマーに使った。硬くてまるみを帯びているのがハンマーに最適なのだろう。より硬い石を好む傾向が顕著に確認できた。

ジェジェという男の子に注目していたら,たまたま台石が割れる場面に遭遇し,ジェジェの様子を撮影できた(図1)。

今回,スザーナさんの故郷であるポルトガルの石フリントも実験に使った。かの地の遺跡で見つかる石器の素材である。モース硬度7という硬い石英でできている。今回の調査で,この石を野生チンパンジーがナッツ割りに使い,フレイク(石剥)のできることが確認された。鋭い破断面をもったナイフとして,化石人類が使うものである。

石器製作は,ナッツ割りに付随して偶発的に起きた結果の利用にはじまったのかもしれない。硬い種を間にはさんで石と石が強打される。割れた台石が,より優れたハンマー石になる。同様に,石剥それ自体も偶然にでき,この産物をナイフとして利用するようになった。ナッツ割りに適した硬い石を求め,石の性質によって偶然に生じた結果を利用する「意図的でない石器製作」の段階があったという仮説である。

霊長類学と考古学を結びつけた新たな学問分野の興隆がもうすぐそこまで来ている。新時代の到来を予感した旅だった。




図1: ジェジェと台石
ジェジェは,割れた石の半分を手前に引き寄せて,断面に顔を近づけて,においをかいでのぞきこんだ。それから四足で立ちあがって呆然としていた。このときは,手前の石をハンマーには使わずに立ち去った。
この記事は, 岩波書店「科学」2009年3月号 Vol.79 No.3 連載ちびっこチンパンジー第87回『野生チンパンジーに見る石器製作の起源』の内容を転載したものです。