撮影:櫻庭陽子/ Primate Research Institute, Kyoto University
図: 母親のクロエがスイカを食べる姿をじっと見るクレオ.

スイカのプレゼント

2000年に生まれたちびっこチンパンジーも今年2009年で9歳になった。毎年それぞれの誕生日にプレゼントが届く。季節の果物や,珍しい果物などを贈ってもらい,勉強のあとに誕生会を開く。チンパンジーにとっては,1年に一度,なぜかおいしい果物をたくさんもらえるラッキーな日になる。

8月生まれのパルは,よくスイカをもらう。いくら誕生日といっても,スイカを丸ごと1個では食べすぎになる。スイカの上部を切って,赤い果肉の部分をうすく残して中身をくりぬく。上部のふたをきれいに戻すと,大きいスイカが丸ごと置いてあるように見える。勉強が終わったあと,隣の部屋にスイカを置いて,誕生会がはじまる。パルは,母親のパンと分けあうように食べることが多い。母親が少食で,パルもそれほど勢いよくは食べない。ひとしきり赤い果肉を食べると,残った皮のかたまりをひっくり返して,その上に両足で乗って遊ぶこともあった。

アユムの誕生会

今年4月のアユムの誕生日に,季節的に珍しいスイカが贈られてきた。パルのときと同様に,中身をくりぬいて,アユムと母親のアイが待つ部屋の隣にスイカを置いた。透明なアクリル板で仕切られて隣接した部屋なので,アユムもアイも大きなスイカを見て興奮して体を揺らして待っていた。部屋を仕切っている電動の扉を,アユムだけが通れるような高さにあけた。アユムは1人で隣の部屋に行くのをためらっていて,しばらくは扉のすきまから腕だけを出して,スイカをたぐりよせようとしていた。やがて意を決して隣の部屋に行き,大きなスイカをもちあげた。

次の瞬間,アユムは予想外の行動を見せた。両手でもったスイカを,扉の向こうで待つアイに手渡したのだ。人間の母子とは違って,チンパンジーでは,ほとんど食べ物の分配が見られない。母親でさえ,子どもに食べ物を自らすすんで渡すことは,非常にまれだ。アイの無言のプレッシャーに負けたのか,あまりに普段と違う状況への対処がわからなかったのか,スイカを母親に渡した理由は不明だ。

アイは大きいスイカを受け取ると,迷わず食べはじめた。アユムは,床に残された小さなふたの部分を手にして,アイのいる部屋に戻り,ふたに少しだけ残る赤い果肉を食べはじめた。当然ながら,すぐにアユムは白い部分も緑の皮も全部きれいに食べてしまった。アユムは,まだ大きなかたまりを食べ続けているアイに近づいて,じっと覗き込んだ。アイは少しずつかたまりを割って,赤い部分を自分で食べ,残った皮の部分をアユムに渡した。アイが赤い部分,アユムは白い部分と緑の皮を食べるという分業体制を続け,ついに大きなスイカが跡形もなくなった。アイは食べ終わると床にごろんと寝転んで,満足気に手足をばたばたと動かしていた。

クレオの誕生会

6月生まれのクレオも,誕生日にスイカをもらった。アユムの意外な行動があったので,母子ともに食欲旺盛な親子ではどうなるか,周囲の人間も興味津々で見ていた。スイカを置いた隣の部屋への扉を,クレオだけが通れるようにあけると,まず扉をくぐろうとしたのは母親のクロエのほうだ。ところが,せまいすきまに腹がつかえる形になって,肩口までしか入らない。何度か挑戦したが,結局あきらめてクロエが扉のそばから離れた。クレオはしばらくためらったものの,何とか1人で扉をくぐって隣の部屋に入った。スイカに触ったとたん,ふたがすべり落ちた。びっくりしながらも,大きいスイカのふちにかじりついて甘い果肉を食べはじめた。

母親のクロエも何とか扉をくぐろうと,腕と頭を扉の下から出した。クレオはそれを見て食べるのをやめ,クロエに近づいた。しばらくして,クレオがスイカのふたの部分を食べようとしたとき,クロエが再度扉をくぐろうとした。クレオはふたをもったまま,クロエに近づいた。クロエは扉から体をひいて,クレオがもつふたに手を伸ばして受け取った。クロエがふたの部分を食べている間に,クレオは手に余るほど大きいスイカと格闘していた。ふちから少しずつ食べすすめればよいのだが,手を中につっこんで赤い部分をかき落として破片をつかんで食べていた。やがて果汁が底のほうにたまってきたようだ。汁に手をつけてなめたり,床に落とした緑の皮を汁にひたして吸ったりしていた。

そうこうしているうちに,ふたの部分を食べ終わったクロエが,再び扉をくぐろうと身をかがめた。クレオが扉のそばに移動して,そっとクロエの背中に手をそえた。それがきっかけとなったのか,ついにクロエが扉をくぐれた。クロエはすぐに大きいスイカを両手でもちあげて,底にたまった汁を一気に飲んだ。続けて,ふちの部分からどんどんかじって,赤い果肉を食べて残りの皮を床にすてていった。クレオは,母親クロエの豪快で,かつ合理的な食べ方を,至近距離からじっと観察していた(図1)。クロエが赤い部分を食べたあとの皮を,口移しでクレオに渡すこともあった。母親が赤い部分,子どもが残りの部分を食べる,というアユムの場合と同じ構図ができあがった。

開始から30分ほど経過し,さすがのクロエも満足したらしく,赤い部分がうっすら残った皮のかたまりを床に置いて,丸太の上に寝転んだ。クレオは残りの赤い部分を指先ではがして食べ,最後に残った外側の皮を転がして遊びはじめた。

チンパンジーの母親

ちゃっかり子どもの誕生会に便乗して,スイカをたくさん食べることができたアイとクロエ。子どもが思春期にいたるまで育ててきた苦労を思えば,当然のご褒美なのかもしれない。スイカのプレゼントを通して垣間見えた,チンパンジーの母子の関係性を,とても興味深く感じた。

この記事は, 岩波書店「科学」2009年9月号 Vol.79 No.9 連載ちびっこチンパンジー第93回『チンパンジーの誕生会』の内容を転載したものです。