Credit: Tetsuro Matsuzawa / Primate Research Institute, Kyoto University チンパンジー 野外実験場
大枝が倒れて雰囲気の変わった野外実験場のたたずまい.チンパンジーがやってきて,ヤシの種割りや,葉の水飲みや,棒を使ったアリ釣りを見せてくれる.約15m離れたところに草のフェンスを作って,その陰からビデオでそれを撮影する

野外実験という手法

野生チンパンジーの知性を,野外実験という手法で研究してきた。この冬も,年末から年始にかけてのまる1カ月をギニアのボッソウで過ごした。26年目になる長期継続調査である。 ここの野生チンパンジーは多様な道具を使う。
一組の石をハンマーと台にして,アブラヤシの種の硬い殻を叩き割り,中の核を取り出して食べる。木の幹の穴にたまった水を,葉を使ってすくい出して飲む。草の茎で作った釣り棒の先端を,サスライアリの行列につけて,軽くゆすってアリが群がったころあいを見計らって釣り上げて食べる。
野外実験場では,この3つの異なる道具使用を,同じひとつの場所で再現できる。チンパンジーがよく通りかかる場所に,ちょっとしたくふうをした。石と種を置いておく。木の幹に穴を開けてそこに水を張っておく。アブラヤシの赤い実をびっしりとつけた房を置いてサスライアリをおびき寄せる。こうすることで道具使用を引き出した。
野外実験の第1の利点は,道具使用の観察頻度が飛躍的に増大することだ。チンパンジーの群れを終日追っていても,道具を使う場面に偶然に出会うチャンスはきわめて低い。群れ全員の石器使用を見たいと思って数カ月をかけても,それは不可能に近い。ところが,野外実験なら,ただ待っているだけで1日平均2集団が来て,全員の道具使用の記録を数日間でとることができる。
第2の利点は,同じ場所で,チンパンジー各人の,3つの道具使用を同時比較できること。6歳の女の子のジョヤは,石器使用も,アリ釣りも,水飲みもできた。水飲み道具は自分で作る。3歳半の男の子のフランレは,石器使用ができかかっていた。アリ釣りには興味を示さない。水飲みは得意だが,主には誰かの使い捨てを再利用する。
第3の利点は,定点観測だ。毎年,同じ時期に,同じ場所で,同じように道具使用を観察記録している。1歳のとき,2歳のとき,3歳のとき,というように発達的な変化を追うことができる。去年のフランレは,石に載せた種を手で叩いていた。縦断的に追跡観察する「コホート調査」ができる。

野外実験の妙味

野外実験の利点は,実験的な操作がある程度可能という点にある。用意しておく石に数字をマークしておく。チンパンジーが使ったハンマーと台の石の番号を記録する。その後,石の配置をでたらめに戻しておく。次回,同じチンパンジーが来てどの石を使うか。けっこう好みがあることがわかった。どう配置しても必ず選ばれる石がある。あるいは,小ぶりな石を好む者がいる。

野外実験の妙味は,人知を超えたハプニングがあるという点だろう。大雨と大風の翌日,野外実験場にいってみると様子が一変していた。大枝がぼきっと折れて,実験場の端から端まで横たわっていた。これはもう排除することができない。あきらめた。そこにチンパンジーの一群れがきた。森の中で,木が倒れ枝が落ちるのは,日常茶飯事なのだろう。とくにいぶかしげなようすはなかった。テュアという老練な男性は,ハンマーと台と2つの石をもって,横倒しになった大枝の上に座ってヤシの種割りを始めた。
彼が倒木のうえで石器を使う場面はこれまで見たことがない。前日の大雨で濡れた地面を嫌ったのだと推察できた。倒木をプラットフォームに利用し,石の道具を事前に運ぶ。ついで種を拾い集めてきてそこで割る。偶然の産物のおかげで,チンパンジーが先を見通して,あらかじめ準備してから道具を使う様子がくっきりと見て取れた。

Credit: Tetsuro Matsuzawa / Primate Research Institute, Kyoto University
3歳半の男の子チンパンジー・フランレ
チンパンジー フランレと母
ヤシの葉の冠を頭に載せる3歳半の男の子フランレ.母親がうしろから追いかけて取り上げようとした

ヤシの葉の冠,思わぬできごと

バンという森に「ビューロー」がある。ゲインという森に「サロン」を作った。2つの野外実験場の呼び名である。チンパンジーは,主として木の実の熟れ具合によって,この2つの森のあいだを行ったり来たりする。その通行の要衝に今年も野外実験場を設けた。合計33パーティー,延ベ163人が来訪し,1274分間の道具使用行動をビデオ記録した。平均すると一度に約5人来て,39分間滞在した。
実験室での実験では,ちょっとしたミスが新発見につながることがある。同様に,野外実験場でも意図しないきっかけがあって,「ヤシの葉の冠」という興味深い観察ができた。
アブラヤシの房は重い。それを村から野外実験場まで頭に載せて運んできた助手が,運ぶときに使う頭のクッションを,その場に置き忘れた。オリンピックの月桂冠のようにくるりと輪を描いた,ヤシの若葉で作った冠である。
そんなものが落ちているとは知らなかった。そこに一団のチンパンジーが通りかかった。大人たちは見向きもしない。しかし,フランレが目ざとく見つけた。興味深いことに,まずは冠を頭に載せた。人間のするしぐさをまねたのだろうか。それから,冠を胸にあててだいじに持ち歩いた。 母親がやってきて,息子からその冠を取り上げようとした。「そんなものを持ってはダメ」ということなのだろうか。ところが息子は渡さない。すばやく逃げ回る。
この行動の意味それ自体はさておき,新奇なものに対する興味の持ち方が大人と子どもでは違うことがわかった。母親が制止するという行動も引き出せた。野外実験場の利点は,さえぎるものがないので,行動の細部までがはっきりと見え,ビデオに記録できることだ。新しい野外実験の展開を予感させるエピソードだった。

この記事は, 岩波書店「科学」2011年3月号 Vol.81 No.3 連載ちびっこチンパンジー第111回『野外実験のおもしろさ』の内容を転載したものです。