ホーム 読み物 岩波書店「科学」2011年6月号 Vol.81 No.6 連載ちびっこチンパンジー第114回『ふたごのちびっこチンパンジー』

友永雅己『ふたごのちびっこチンパンジー』(出典:岩波書店「科学」2011年6月号 Vol.81 No.6 連載ちびっこチンパンジー第114回)

ふたごのちびっこチンパンジー
ダイヤとサクラ
 

2011年4月のある日。私は高知空港に近い香南市にある,高知県立のいち動物公園にいた。目の前にはたくさんの親子連れ。絹田俊和園長のごあいさつや,チンパンジー用特製ケーキのお披露目の後,そのケーキはチンパンジーの運動場に運ばれた。普段なら10時前には運動場に一群のチンパンジーが出てきて,あいさつを交わし,朝食を食べる。ところが,今日は少し様子が違う。出てきたのは大きな体のお母さんと,その背中にぴったりとしがみついたふたりのちびっこチンパンジー。そう,今日は,2年前にこの動物園で生まれ,すくすくと成長してきたふたごのチンパンジー,ダイヤとサクラの2歳の誕生日を祝うイベントの日だったのだ。お母さんのサンゴは,普段とは様子が違う人だかりに怖気づき,食べたくてしかたないにもかかわらず,ケーキの方には近寄らず,少し奥にあるやぐらの上の方にのそのそと登っていった。それを見たお客さんからは「あーあ」とか,「やっぱりなー」といった声とともに,陽気な笑い声があふれていた。これはこれでチンパンジーらしい誕生日会だ。

日本で初めて
 

慶応大学の安藤寿康さんによると,人間では一卵性のふたごの出現率は0.4%くらい,二卵性は0.6%だそうだ。では,チンパンジーではどうだろうか。実はあまりよくわかっていない。チンパンジーサンクチュアリ宇土(CSU)の鵜殿俊史さんによると,CSUでの100の出産例のうち,ふたごは1例(一卵性)。この数字だけ見ると,人間での事例数とそう変わらない。でも,のいち動物公園の福守朗さんによれば,国内でのふたごチンパンジーの出産例は,CSUと今回ののいちを含めてもわずか6例。うち,今も生存しているのはこのCSUとのいちの2組だけだ。しかも,CSUで生まれ今は北九州市の到津の森公園で暮らしているキララとクララは人工哺育。サンゴというお母さんのもとですくすく育っているダイヤとサクラは,日本で初めて自然哺育に成功したふたごのチンパンジーなのだ。

まわりの援助
 

野生のチンパンジーでのふたごの生存例というのはほとんど聞いたことがない。有名なのはゴンベのゴールデンとグリッターというふたごくらいだ。目撃例が論文になるくらいで,それも,一度見失って次に母親を発見したときにはふたりの子どもはいなかった,といった切ないレポートだった。チンパンジーのお母さんにとって,子育てはひとりっ子でも大変なのだから,ふたり同時に育てていくのはほとんど不可能なのだろう。それは飼育下でも同じだ。そこで,のいち動物公園のスタッフたちは,サンゴ母さんの親友のおばちゃん,コユキを同居させることにした。これが功を奏した。ふたりのうちひとりの普段のお世話はこの近所のおばちゃんチンパンジーに任せ,授乳や長い距離の移動といった時だけ,サンゴはダイヤとサクラを同時に世話をする。そういう,ある意味「ずぼら」な子育てが,サンゴの育児ストレスを和らげ,ダイヤとサクラは共倒れにならずに済んだのだろう。飼育スタッフのこの発想には頭が下がるばかりだ。やはり現場でチンパンジーをじっくり見てきた知恵がそうさせたのだろうし,それを認めた動物園もすごいと思う。

興味深いことに,チンパンジーでの母親以外の養育参加は,ほとんどが血縁個体に限られる。でも,今回の例では,血縁ではなく「友情」という別の関係がダイヤとサクラの成長を支えた。野生のチンパンジーでは,母親のいなくなった子どもチンパンジーを「養子」として育てる,という事例も多く報告されている。こういった視点からチンパンジーの社会を見つめてみると,また違った景色がたちあらわれてくるのかもしれない。

コミュニティで育ち,コミュニティが育てる
 

運動場に用意されたお誕生日グッズであそぶダイヤ(左)とサクラ(右)(たぶん)左はお母さんのサンゴ(撮影:友永雅己)

ダイヤとサクラ,実は二卵性だ。ダイヤが男の子で,サクラが女の子。確かによく顔を見ると少ーし違う(図)。この子たちの成長を研究し,記録し続けることは大変貴重な機会だ。来るべき将来,どこかの動物園で生まれるであろう一卵性のふたごのチンパンジーや,あるコミュニティで同時期に生まれた複数のひとりっ子との比較を通し,チンパンジーにとって「ふたご」であることの意味がよりはっきり見えてくるはずだ。研究者にとっては,まず遺伝の問題が視野に入ってくる。ゲノムが全く同じ一卵性,異なる時期に生まれたきょうだいしまいと同程度のゲノムの一致率を持つ二卵性,そしてそれよりも遺伝的には離れているふたりのひとりっ子。これらを比べることにより,心の成長におよぼす遺伝要因の検討を「進化」という観点から進めることができる。また,個性の発達も面白いテーマだ。二卵性のダイヤとサクラにはすでに個性といってよい違いが見えつつある。ダイヤとサクラを比べると,あきらかにサクラの方が近所のおばちゃんに抱かれている時間が長い。ここ最近のお気に入りはチェリーさんだ。一方,ダイヤはサンゴの近くにいることが多い。でも最近は,あっちのおばさんと遊んだり,こっちのおばさんと遊んだり,さらには,お父さんのロビンともよく遊んでいる。子どもと遊んでいるときの男のチンパンジーは,どの群れの個体でもみんな同じだ。口元がだらんと開いて,これがあの威厳あるオスか,というくらいのデレデレぶり。子どもはコミュニティの潤滑油になるのだ。コミュニティのメンバー全員が遊び相手になったりして子どもを「育て」,そういったおとなたちの愛情を一身に浴びて子どもたちは「育つ」。平和で幸福な光景がここでもくりかえされている。

サクラに首ったけのチェリーは,実は,母親のサンゴとはあまり仲が良くない。これも驚きだ。「友情」に支えられていなくても他のおばちゃんを「信頼」する。サンゴの度量の広さなのか,それともこれこそがチンパンジーの底力なのか。今後の展開を見守っていきたい。

この記事は、 岩波書店「科学」2011年6月号 Vol.81 No.6 連載ちびっこチンパンジー第114回『ふたごのちびっこチンパンジー』の内容を転載したものです。