Photos © Tetsuro Matsuzawa/Primate Research Institute, Kyoto University
ダナムバレイの野生オランウータン(2011年3月撮影)

キナバル登頂

ボルネオのキナバル山4095mに登った。東南アジアの最高峰,世界自然遺産である。マレーシア・サバ州の州都コタキナバルに直行便がある。翌日,登山口の標高1866mまで車で送ってもらって,9時半に登り始めた。野生動物研究センターの幸島司郎教授とわたしと,日韓葡の大学院生1人ずつ,合計5人である。登山は,1日200人弱に限定され,ガイド同伴が義務付けられている。標高3273mのラバンラータ小屋に午後4時半に着く。雲海が眼下に広がっていた。

早めに午後7時消灯である。翌未明,午前2時起床。2時半出発。真っ暗な中,ヘッドランプを頼りに登る。正面に圧倒的な岸壁が聳え立っている。その岩の割れ目を右から回り込むように,絶妙なルートがついていた。

夜が白み始めるころ,急な岸壁を越えた。傾斜の緩い広大な岩の斜面が,延々と高みに続いている。標高4000m,きのうすでに軽い高山病の症状を呈していた学生の一人が音をあげた。気温は摂氏6度。頭痛がする,体が冷え切ってしまった,もう登れないという。濡れた岩肌をつかむ手袋が木綿製だったので,手が氷のようだ。人肌で温め,テルモスの温かいミルクを飲ませた。午前7時10分,全員登頂した。

10分間だけ滞在して,早々に下山した。10時,山小屋に戻った。食事をとって11時半に出発し,午後4時半に登山口に帰着した。実働2日間,7+14時間をかけて,約2200m登り,また下ってきたことになる。植生の垂直分布を実感できた。

翌日の午前中,マレーシアサバ大学の熱帯生物保全研究所でハミド教授らと研究の打ちあわせをした。午後にぽっかりと空いた時間で,コタキナバルからボートで15分ほどの近くの島に渡った。久しぶりのシュノーケリング。4mくらい潜ったので,4099mの標高差を楽しんだことになる。

ボルネオの森とオランウータン

4度目のボルネオである。最初の訪問は1999年だった。アフリカの森とチンパンジーしか知らなかった。ぜひ一度,ボルネオの森を見たい。野生のオランウータンを見たい。

ちょうど前年に,京都大学のユニークな教養教育である「少人数ポケットゼミナール(通称,ポケゼミ)」が始まっていた。大学に入学したばかりの1年生だけに受講資格がある。「チンパンジー学実習」というポケゼミで,選抜された5人の1年生が,霊長類研究所で1週間を過ごした。朝から晩までわたしのうしろをついて歩いて,チンパンジーの研究を見た。その後も淡い付き合いが続き,翌年,彼らを連れてボルネオに行くことにした。

東南アジアを調査地とする野外研究者に聞くと,異口同音にサバ州のダナムバレイを勧められた。ボルネオレインフォレストロッジに泊まって,熱帯林のエコツアーをした。客はほぼ全員が欧米人だった。野生オランウータンを見た。テナガザルもブタオザルもカニクイザルもいた。スカイウォークで高さ40mの樹冠部の散策を楽しんだ。

サバ州の熱帯林およそ100万ha(1万km2)は,サバ財団という半官半民の組織が管理している。東京都全体のほぼ5倍の面積である。森林を伐採して利益を上げつつ,一方でその保全にも熱心である。ダナムバレイは,最初の保護区として1980年代に確立した。

ダナムバレイでは,その後,幸島司郎さんの指導を受けた学生たちが野生オランウータンの調査を始めた。久世濃子,金森朝子,山崎彩夏さんらである。日本人によるオランウータン調査地としての評判を獲得しつつある。そこで2010年2月,京大野生動物研究センターが,サバ財団の許可を得てロッジのすぐ裏に調査小屋を建てた。わたしも開所式に参加し,2011年3月には1年後のようすを見に行った。サバ財団とのご縁が深まった。

インバック峡谷付近で伐採した木を運び出すトラック(2011年6月撮影)

インバック峡谷とマリアウ盆地

さて,サバ財団は,ダナムバレイに続くものとして,インバック渓谷とマリアウ盆地の森林の保護区化を進めている。この3者を合わせると,ゆうに1300km2を超える広さだ。ボルネオに最後に残された熱帯林ということになる。サバ財団から,これらの保護区の学術調査の協力依頼があった。そこで,教員6名,ポスドク・大学院生が15名,総勢21名の国際隊を組織したのである。

念願のキナバル登頂を果たした後,すぐにインバック渓谷に向かった。フタバガキ科の大木が繁る熱帯林の姿は同じだが,ダナムバレイと比べると獣や鳥の姿が極端に少ない。人間による狩猟圧が高いのだろう。実際,インバック峡谷のシンボルである滝で泳いでいたら,釣り糸を見つけた。

インバックから自動車で1日7時間かけて,マリアウに新築された研修センターに移動した。マリアウ盆地は,ボルネオの「ロストワールド」と呼ばれている。太古の昔から,人間が住んだことのない土地である。空から見ると巨大なクレーターのような形をしている。峻険な外輪山が人間の侵入を阻んだのである。

きょう,外輪山を登って,マリアウ盆地の中に足を踏み入れた。外輪山の麓ではテナガザルの親子をみた。盆地の中には,ヒース林と呼ばれる幹の細い樹高の低い木が茂っている。土地がやせていて,食虫植物であるネペンテス属(ウツボカズラ)の水差しのような形の葉先が目に付く。アリなどの昆虫を捕まえて,栄養としているのだ。

その後,盆地の中のネペンテス小屋に着いて,この文章を書いた。衛星電話を利用して原稿を送る。ボルネオの森に夕闇が迫ってきた。あす,さらに盆地の奥地へと分け入ってゆく。

この記事は, 岩波書店「科学」2011年8月号 Vol.81 No.8 連載ちびっこチンパンジー第116回『ボルネオの森から』の内容を転載したものです。