他者のふるまいをまねる

他者のふるまいを見てまねる能力について調べた。人間は,他者の行動をまねることで,自分の行動レパートリーを効率よく拡大している。見てまねることがなかったとしたら,行動のすべてを自分で発明し発見しなければならない。

野生チンパンジーの石器使用を例にとろう。母親が片手でアブラヤシの種をひとつ取って台石にのせる。もう一方の手にもったハンマー石でその種を叩き割る。割れた種の中の核を取り出して食べる。ボッソウの野生チンパンジーに固有な文化だ。

傍らでそのようすを子どもがじっと見ている。のぞきこんだあと,子どもは何とか自分でも石と種を組み合わせて割ろうとする。ところが,じっと見ていたにもかかわらず,なかなかできない。台石にのせた種を手で叩いたり,石に石をのせたりする。わたしたち人間にとっては不思議な光景だ。あれほど熱心にみていて,なぜ同じことができないのだろう。

人間がモデルをつとめ,チンパンジーが観察者になって,模倣の実験をしてみた(明和政子『なぜ,「まね」をするのか』河出書房新社,2003年)。結論からいうと,チンパンジーには見てまねることが一般にむずかしいことがわかった。

しかし,どこまでならまねできて,何がむずかしいのか。本来ならば,人間ではなくてチンパンジーがモデルになった実験をしたい。チンパンジーのモデルを見たチンパンジーの観察者,という状況を考案した。

協力見本合わせ課題

ひとつの部屋に2人のチンパンジーAとBがいて,2台のコンピュータモニターがある。Aがモデルの役をして,Bが観察者の役だとしよう。モデルのモニターに赤い四角形と緑の四角形が映し出される。モデルが赤に触る。すると,約2m離れたところにいた観察者の目の前のモニターに赤い四角形と緑の四角形が映し出される。モデルが選んだのと同じ色を選べば正解だ。つまり,同じ色を選ぶという色の見本合わせ課題を,2人で協力する場面だ。

この課題で一番のポイントは,どうやってモデルに特定の色を選ばせるかだ。モデルAのふるまいをなんとか実験者が自在に制御したい。そこで,故・伏見貴夫さんが二ホンザルの学習場面で考案した「隠しモニター」という秀逸なアイデアを拝借した。

チンパンジーAのモニターの下に,じつはAからは見えるがBからは見えない角度で,「隠しモニター」を置いた。そこには四角形がひとつだけ映し出される。それが赤であれば,チンパンジーAは自分のモニター上の赤と緑の四角形のうちの赤のほうを選ぶはずだ。実際,正解すればごほうびのリンゴのひとかけらがもらえる。

つまり,見本合わせの正解だけを,実験者が隠しモニターに映し出す。それを見たモデルは,自分のモニターに映し出された色の中から同じものを選ぶ。モデルの行動を実験者が制御したのだ。そのうえで,モデルの行動を見て,観察者が同じものを選べるか否かを調べた。

色について,赤・緑・黄の3色を用意した。
色を表す3文字も用意した。見本が文字の場合,赤という字をモデルが選んだとき,観察者が赤の字を選べれば正解である。

アイとアユムの母子を対象にして,この協力見本合わせをした(図)。色と色を合わせる課題も,文字と文字を合わせる課題もきわめて簡単な課題であり,1人のチンパンジーが1台のモニターに向かってするのであればほぼ100%正解する。2人で協力して解く場合,モデルがどの色(文字)を選ぶか,観察者はしっかりと見てまねないと正解できない。

その結果,多少成績は低下したが,2人で協力して見本合わせ課題ができた。アイがモデルでアユムが観察者のときも,その逆でもできる。チンパンジーは,たしかに他者の行動を手掛かりにして,そのとおり見てまねられる。それを実験的に確証できた。

協力象徴見本合わせ課題

問題を少し複雑にしてみた。モニター画面上の2つの四角形のうち,モデルが赤い色の四角形を選んだとしよう。その途端に,観察者のモニターには2つの文字が映し出されるようにした。もちろん赤という文字を選べば正解である。「モデルが選んだ色は,赤ですよ」と,観察者が文字を使って表現する課題だ。

逆に,モデルが文字を選んで,それを見ていた観察者が色を選ぶ課題も用意した。「モデルが選んだ文字は,赤ですよ」と,観察者が実際の色四角形を選んで表現する課題だ。つまり,どちらの課題でも,観察者はモデルの行動を単純に見てまねるのではない。見て,解釈して,それを表現するのである。

色と文字を合わせる課題も,文字と色を合わせる課題も簡単ではないが,自分1人が1台のモニターに向かってする場合,アイもアユムも90%近く正解する。象徴見本合わせと呼ばれる課題だ。これを,モデルと観察者という2人で協力して解く,協力象徴見本合わせ課題にしたのだ。

結果は,アイはできたがアユムはできなかった。アイは,長年にわたって色と文字の関係をじゅうぶん勉強してきたからだろう。モデルのアユムが.選んだ色を文字で表現できるし,選んだ文字を色で表現できる。つまり,他者の行動を,ただ見てまねるだけでなく,深く理解していることが確証できた。

他者の行動を見てまねる。他者の行動の意味を理解して表現する。そうした2人のチンパンジーのあいだに成り立つ社会的知性を,コンピュータ課題で解析する道が開けた。原典は,以下を参照されたい。

この記事は, 岩波書店「科学」2011年9月号 Vol.81 No.9 連載ちびっこチンパンジー第117回『見てまねる』の内容を転載したものです。