Photos © Tetsuro Matsuzawa / Primate Research Institute, Kyoto University マウンテンゴリラの母親と3ヵ月のあかんぼう
図: マウンテンゴリラの母親と3ヵ月のあかんぼう

ルワンダとジェノサイド

マウンテンゴリラを見にルワンダに行った。同行者は平田聡さん。これで2人とも,チンパンジー,ボノボ,ゴリラ,オランウータンと,ヒト科3属4種の大型類人猿すべてを野生で見たことになる。

四国と宮崎県をあわせたくらいの面積で,人口1100万人。人口密度が非常に高い。近年の発展は「アフリカの奇跡」と呼ばれている。しかし何と言っても,フツ族とツチ族の抗争とジェノサイド(大量虐殺)が記憶に新しい。

まず首都のジェノサイド博物館に行った。1994年4月10日に始まり,その後の3ヵ月で,約100万人のツチ族とそれに同情的なフツ族が殺害された。民族抗争に見えるが,要は植民地支配の影だと理解した。第一次世界大戦後にドイツからベルギーの支配下に入り,そこで個人識別カードが導入されて,フツ,ツチ,トゥワという3部族の峻別が始まったのだ。黒人に黒人を差別させて支配する植民地運営である。

博物館を出て,首都郊外ニャマタの虐殺記念教会を訪問した。約4000名のツチ族が避難した場所だ。手りゅう弾が投げ込まれ,銃弾が撃ち込まれ,生き残った者はマシェットと呼ばれる山刀や棍棒で撲殺された。周辺住民を合わせて犠牲者は1万800人にのぼるという。教会のベンチには,おびただしい数の衣服だけが置かれていた。レンガの壁に弾痕が残り,天井には貫通した穴が開いている。無数の頭骨と四肢骨が,隣地の地下に展示されていた。

虐殺という圧倒的な暴力に戦慄した。言葉がない。しかし,平穏な姿をした日常のほうにさらに深い恐怖をおぼえた。街ゆく人の多くが,その係累を亡くしているはずだ。街ゆく人のなかで,本人かその係累が人を殺めた。わずか17年前,阪神淡路大震災と同じころの出来事なのに,何もなかったかのように見える。

ビルンガ火山群のマウンテンゴリラ

ビルンガ火山群の野生マウンテンゴリラを見た。ウガンダのブウィンディ国立公園とあわせて,720個体しか残っていない。ゴリラツアーは,1日10パーティー,1パーティー8人に制限されている。1人1日1時間だけの観察で500ドルという高額である。現地スタッフがあらかじめ早朝から各群れを追っていて,ゴリラの居場所はわかっている。観光客は,鉄砲を携行したレンジャーと国立公園ガイドに付き添われ,彼らのいる場所をめざす。

第1日目は,火山群の中央に位置するサビーニョ山麓のサビーニョ群12人を見た。最初の出会いはブラックバック(背中の毛がまだ黒い若い男性)だった。竹に登って,しなった幹を寄せ集めてベッドを作っていた。群れは,1人のシルバーバック(背中の白くなったおとなの男性)を中心に4人の女性がいて,それぞれ子どもをもっていた。

第2日目は,最南端のカリシンビ山麓のスサ群32人を見た。48人いた大きな群れが2009年に2つに分裂したそうだ。シルバーバックが3人いる。この群れには2組の双子がいた。ルブムという母親にはまだ生後3ヶ月の双子が付いていた。ゴリラの子どもは,もこもこの毛むくじゃら。前日同様,みな野生のセロリをむしゃむしゃ食べていた。

第3日目は,ピソケ山麓のクリャマ群14人を見た。ちょうど午前中の採食が終わって休んでいるところだった。立派な体格のシルバーバックが倒木の上に悠然としゃがみこみ,その横で,3人の子どもがくんずほぐれつ遊んでいた。チンパンジーでもよくするが,ぐるぐるまわって追いかける。やがて遊び飽きたのか,子どもたちはシルバーバックの毛づくろいを始めた。

シルバーバックを毛づくろいする子どもたち
図: シルバーバックを毛づくろいする子どもたち

ゴリラの家族を見て人間を思う

3日間を通して,マウンテンゴリラのすむ場所のようすは共通していた。人間の領域である耕地が,山裾からかなり高いところまでせりあがっている。畑の縁に高い石垣があり,そこから先が国立公園だ。ほどなく竹林になる。それを抜けると,ハゲニアと呼ばれる大木のある雲霧林だ。標高3000m近い。ところどころに緩傾斜の草地が広がり,セロリのような草本が生えている。

ゴリラの群れは家族そのものだ。大黒柱ともいえる,最も大きなシルバーバックという絶対的な父親がいて,そのまわりに安心して暮らす女子供がいる。チンパンジーを見慣れた目には,たいへん物静かに見える。ときおり「ンンー」という挨拶の声。けんかがない。大騒ぎをしない。道具を作らない,使わない。狩猟をしない。食物分配がない。群れ間での殺し合いもない。

人間の狂気に近いものをゴリラからは感じとれなかった。チンパンジーのほうが圧倒的に危ない雰囲気を漂わせている。人間はチンパンジーを殺すが,野生チンパンジーも人間の子を襲って殺すことがある。チンパンジーでは,血を見るほどのけんかをしては仲直り,それが日常茶飯事だ。

ゴリラ偵察の旅のあいだ雇っていた車の運転手は40歳台半ば,物静かな男性だった。最後に,昔のことを聞くと,案の定,27歳だった妻と父親を虐殺で亡くしていた。当時2歳の一人息子を育て上げた。

人間ほど残虐な生き物はいない。狂気のような暴力がある。一方で,宥和し,許す心がある。過去を忘れないことで今を生きる。今を未来につなげる。それはどこから来たのだろう。人間の「アウトグループ」(当該の外にいる者)としてのゴリラを見ながら,人間の由来について深く考えさせられた。

謝辞

ルワンダJICAの辻本温史・尚世さん夫妻に感謝します。

この記事は, 岩波書店「科学」2011年10月号 Vol.81 No.10 連載ちびっこチンパンジー第118回『野生マウンテンゴリラの国から』の内容を転載したものです。