Photos credit: Tetsuro Matsuzawa/Primate Research Institute, Kyoto University オランウータンの母子
オランウータンの母子

ヒト科4属

「ヒト科ヒト属ヒト」という表現は,人間という特別な存在がいるかのような誤解をあたえる。実際には,ヒト科は4属だ。ヒト属,チンパンジー属,ゴリラ属,オランウータン属である。動物分類学上だけではない。日本の法令上もそうだ。種の保存法や動物愛護管理法の付表に「ヒト科チンパンジー属」と明記されている。

昨夏,チンパンジー属の同属別種であるボノボを見に行った。今夏,野生のマウンテンゴリラを見た。マレーシアのオランウータンも,今年は3回訪ねた。これまでチンパンジーだけを見続けてきたが,『想像するちから』を上梓して研究に一区切りつけた。これからは,もう少し広い視野から「人間とは何か」という問いに向き合いたい。 旅をしているあいだに,「アウトグループ」という発想にたどり着いた。「当該の集団の外にいる者」という意味である。たとえていうと,外国に行くと日本のことがよくわかる,外国人を知ることで日本人とは何かがわかる。同様に,人間以外のものを深く知ることで,人間とは何かが見えてくる。そういう論理である。

「外部の参照枠」という性質に加えて,アウトグループという発想の要点は,その入れ子構造にある。ヒトのアウトグループとしてチンパンジー属がいる。その両者のアウトグループとしてゴリラを考える。ゴリラを見ることで,ヒトとチンパンジーの共通性が浮き彫りになるだろう。同様に,アジアに起源するオランウータンをアウトグループにすれば,アフリカに起源したヒトとチンパンジーとゴリラの共通性がわかる。


ゴリラの父子
ゴリラの父子

アウトグループという視点から見た社会

ためしに,アウトグループという発想からヒトの社会について考えてみた。親子関係のありかた,子育てについて比較してみよう。

まず野生オランウータンを見ると,ほぼ単独生活だ。女性も男性も,ひとりで暮らしている時間が圧倒的に長い。いつも一緒にいるのは母子だけだ。もちろん子どもの生物学上の父親はいるがめったに出会わない。男性は子育てに参加しない。 オランウータンとの対比でみると,ヒトもチンパンジーもゴリラも,集団生活を営んでいる。(1)複数の母子が集団の中にいる,(2)子どもの父親にあたる男性がいて子育てに参加する,というのが共通点だ。いわば父親がいて,母親とその子どものいる「家族」がある。

次に野生ゴリラを見ると,家族がすなわち群れそのものだ。シルバーバックと呼ばれる家父長的な父親がいる。複数のおとなの女性がまわりにいてそれぞれ子どもがいる。1つの家族がいつも一緒に行動している。隣の群れは別の家族である。 ゴリラとの対比でみると,ヒトもチンパンジーも家族とは呼べない大きな集団で生活していることが共通点だ。一緒に行動する者が,時に入れ替わり流動的に組み替えられる。

野生のチンパンジーとボノボをみると,両者に共通する社会のありかたがみえてくる。いつも一緒にいるのは母子だけだ。そのそばに別の母子がいる。複数の男性がいる。その男性たちは,子どもから見れば,生物学上の父親か,あるいは祖父,兄,おじ,いとこにあたる。男性は生まれた群れに残り,女性は年頃になると群れを出て近隣の群れに移る。

チンパンジーとヒトの対比でみると,ヒトの社会の特徴が明確に見えてくる。

第1に,ヒトの男女は一夫一婦と呼べる強いきずなをもつ。共同して子育てする。核家族と呼べる親子のユニットがある。男女のきずなは,排卵を隠すことで維持されている。つまり,チンパンジー属は尻をピンク色に腫らせて排卵をアピールするが,ヒトの女性の排卵は外からは判別しにくい。伴侶たる女性を見守っていないと,男性は他者の子どもを育てることになりかねない。

第2に,ヒトでは祖父母も子育てに参加する。長い寿命をもち,もはや自分の子どもは育てない年齢になっても,孫の世代の世話をする。

第3に,ヒトには姻族というきずながある。夫の親族や,妻の親族である。血縁を超えて,おとなたちが子育てに参加する。それを拡張したかたちの地域コミュニティーと呼べるものも,ヒトでは成立している。


ボノボの群れ
ボノボの群れ

チンパンジーとボノボの比較の重要性

これまで,ヒトとチンパンジーの2種の比較研究をしてきた。しかし,アウトグループという発想からすると,それではまだ不十分だ。ボノボとの比較が必要である。正確に言うと,チンパンジーとボノボを比較することで描き出される両者の共通祖先,それこそがヒトのアウトグループである。

明確な研究の目標が見えた。チンパンジーとボノボ,野外と実験室,この2×2の表の全体で措かれるものが,これからの研究対象になる。 チンパンジーは男性優位で,さまざまな道具を使い,隣り合う群れは敵対的だ。殺し合いにまで発展する。それに対してボノボは女性優位で,ほとんど道具を使わず,隣り合う群れは平和共存している。性行動を介して群れが融合しては分かれていく。

一見するとかなり対照的に見えるこの2つの生き物のくらしや心を,詳細に知る必要がある。親子関係や子育てについて考えたのと同様に,なかま関係,教育,知識,技術などについて思いを巡らしてみたい。

チンパンジー属の全体像を知ることで,その共通祖先に思いをはせる。ヒトのアウトグループを理解することで,「人間とは何か」という問いに,新たな答えが出せるだろう。

この記事は, 岩波書店「科学」2011年12月号 Vol.81 No.12 連載ちびっこチンパンジー第120回『アウトグループという発想』の内容を転載したものです。