Credit: Primate Research Institute, Kyoto University
図1: 数字系列課題に取り組むアユム

数字の勉強を続ける

2000年,アイとアユムたち3組のチンパンジー親子が誕生した。今年,子どもたちはみな12歳になる。ずっと成長を見続けてきたなかで,記憶課題での加齢変化を捉えることができた。最近の実験の様子をご紹介したい。

毎朝9時,アイとアユムの勉強は,アラビア数字の系列学習課題から始まる。数字の順序について勉強する課題だ。アユムたち3人の子どもは4歳から数字の勉強を始めた。今や親子3組いずれも,1から9までの数字の順序について理解している。そこで,さらに系列を延長し,1から19までの順序を勉強する。画面に出てくる数字の個数が増えると,まちがいも多くなる。目の前の数字の個数が増えると,それを順番に押していくこと自体が大きな負担になるようだ。

こうした数字の順序についての知識を利用して,「マスキング課題」と呼ぶ記憶課題を,川合伸幸と松沢が考案した。1~9のなかからランダムに選びだされた数字が,タッチパネルの画面に現れる。数字を小さい順に正しく押すことができれば正解だが,一番小さい数字を押すと他の数字が自い四角形に変わってしまう。つまり,それまでに他の数字とそれぞれの位置を記憶できているかというテストだ。この課題でテストすると,チンパンジーの子どもは画面に示された数字を一瞬で記憶できることがわかった。

そこで2005年に井上紗奈と松沢が新たにとりいれたのが,「時間制限課題」だ。この課題では,一定のごく短い呈示時間のあと,画面に現れた数字が自動的に白い四角形に変わってしまう。正答するには,画面に現れた数字と位置を,短時間で正確に記憶しなければならない。1~9のなかからランダムに5つの数字が選びだされたときの課題の成績を,アイ(チンパンジーのおとな)とアユム(チンパンジーの子ども)で比較した。

Credit: Primate Research Institute, Kyoto University
図1: 時間制限課題に取り組むアユム

5年前と今の成績を比較する

アユム6歳,アイ31歳のときにおこなった時間制限課題では,呈示時間は650,450,210ミリ秒の3条件だった(本誌2008年2月号)。人間のおとながこの課題にとりくむと,呈示時間が短くなればなるほど成績(正答率)が下がっていく。アイも同じように下がった。ところがアユムは,呈示時間の長さに関係なく高い正答率を示した。そして,チンパンジーの子どもの成績が,チンパンジーのおとなよりも高いこともわかった。この結果から,時間制限課題の成績は加齢の影響を受けるのではないか,と考えられた。

加齢変化を確認するために,井上・松沢の研究から5年後,同じ課題を使って,11歳になったアユムと36歳になったアイの成績を比較した。今回は,呈示時間に100,60ミリ秒の2条件を加えて,5条件にした。5年前と同じように,アユムの成績はアイよりも高かった。ただし,今回のアユムの成績は,5年前のアユムの成績より少し低くなっていた。さらに,呈示時間が短くなるにつれて成績が下がった。そして,アイの成績も,5年前に比べると全体的に低くなっていた。数字系列の勉強と記憶課題のテストを5年間続けていたが,成績は下がった。

以上をまとめると,今回,若者アユムの成績は,おとなであるアイよりも依然高かったものの,5年という歳月をへて,アユムとアイそれぞれの成績は下がっていた。アユムの成績は,5年前には呈示時間に関係なく高い正答率を示していたのに,現在では,アイや人間のおとなのように,呈示時間が短くなると成績も下がるかたちに変わっていた。これらのことから,やはり,チンパンジーにも加齢による記憶能力の衰えがあると考えられる。

人間で記憶の加齢変化をみる

それでは,人間の場合はどうだろうか。同じ課題にとりくんだ人間の参加者の成績を,平均26歳と平均62歳のグループに分けて比較した。呈示時間が短くなるにつれて成績が下がる,というところは,若いグループにも,年齢の高いグループにも共通していた。しかし,650ミリ秒から60ミリ秒までのそれぞれの呈示時間での成績は,どれも若いグループのほうが高かった。つまり,チンパンジーの若者とおとなの比較と同様の結果になった。この時間制限課題においては人間も,加齢の影響を受けるのだと考えられる。

ただし,一口に加齢の影響といっても,たくさんの原因が重なっているだろう。まずは,短時間で記憶し,その記憶を利用する能力そのものの変化が考えられる。アユムの成績のこの5年間での低下は,主にこの原因で説明できそうだ。また,この課題の210ミリ秒以下の条件では,目を動かさずに一瞬で画面全体を把握する必要がある。視野にかかわる能力も成績に関係するだろう。アイや人間の60代のグループの成績については,記憶能力に加えて,こうした視力の問題も考えられそうだ。瞬間的な反射能力,運動能力の問題もあるかもしれない。

時間制限課題を切り口に,チンパンジーとヒトの成長・加齢について調べられそうだ。アユムは6歳からの5年間で,子どもから若者へと成長した。アイとアユムの,そしてほかの2組の親子の,加齢による変化をこれからも調べていきたい。そして,次の世代のチンパンジーの子どもたちとも比較していきたいと考えている。

この記事は, 岩波書店「科学」2012年4月号 Vol.82 No.4 連載ちびっこチンパンジー第124回『数字の記憶と加齢変化』の内容を転載したものです。