Credit: Lira Yu/Primate Research Institute, Kyoto University
図: 母子のチンパンジーが同時にタッピング課題を行っている様子。右はお母さんのパン,左は娘のパル(当時11歳)。タッチスクリーンの左右に提示されるリンゴの絵を押すと電子音が鳴る(撮影:ユリラ)

動きがシンクロする

日々のチンパンジーの行動を見ていると,ときどき複数の個体の行動がシンクロする(同調する)という場面に出くわすことがある。たとえば,騒ぎ声のコーラス,あるいは子どもたちの遊びの同調,さらには,飼育者に合わせて体を左右にゆする遊びなどなど。こういったチンパンジーの行動の同調は,どのように,そしてなぜ起きるのだろうか。また,それは彼らの社会の中で,どのような意味を持っているのだろうか。辞書で「同調」という単語の意味を調べてみると,「意見などを合わせること」,「波長を合わせること」などが出てくる。私たちが興味を持っているテーマは,後者の意味に近い。

私たち人間において最も有名な行動の同調の例は,群衆の拍手だ。コンサートなどでの聴衆の称賛の拍手が突如として同調すること,そしてこのような同調は現れては消えることが知られている。このような報告は,ほかにも数多く知られている。さらに最近では,同調行動の研究対象は人間にとどまらず,ヒト以外の霊長類やイルカなどを対象にした比較認知科学的研究もなされつつある。さまざまな種における同調行動を調べることで,このような行動が生まれてきた進化的な意味を探ることが可能だ。特に,先述のように,同調行動の持つ社会的意味を探る研究にスポットライトが当たりつつある。

私たち人間では,自分の動きに同調する他者に対して好意的な態度が増すことがわかっている。たとえば,ペアの二人が手のひらを同じタイミングに合わせ,リズミカルに音を出しながら歌うような遊びはさまざまな地域で見られる。これなどは,同調行動が親和性を高めている好例だろう。また,逆に仲のよいペアの間では行動が同調しやすいということも報告されている。行動の同調と社会的な絆の間には,切っても切れない関係があるようだ。

実験室で探る同調行動

チンパンジーでの行動の同調は,日常的な観察の中でエピソード的に報告されることが多い。しかしそういった日常場面だけでなく,実験室におけるコンピュータ課題を実施しているチンパンジー2個体が,お互いの行動を同調させるということがあるのだろうか。実はこのような研究はほとんどなされていない。そこで私たちは,実験室に設置されている2台のタッチパネルモニタを連動させて,タッピング課題を用いた同調実験を行うことにした。課題は非常に簡単で,モニタに提示される左右2つのキー(リンゴの絵)を交互に押す(タッピングする)という反復的な運動をさせる。実験に参加したチンパンジーはまず,連続したタッピングが安定して30回以上続けられるまで個別訓練をうけた。その後テストとして,2個体が横並びに設置されたモニタの前に座って,同時にタッピング課題を行った(図)。この時,それぞれのタッピングに対して「ピッ」という短い電子音が鳴り,お互いのタッピング音が横から聞こえてくるようにした。

同調する人間,しづらいチンパンジー?

まず,このような条件のもとで人間同士での実験を行ってみた。その結果,互いのタッピングのタイミングが同調してくる現象がはっきりと確認できた。チンパンジーでの結果と直接比較が可能なように,参加者には言語教示を一切あたえていない。それにもかかわらず,人間では自発的あるいは非意図的な同調行動が起きるのだ。では,チンパンジーではどうだろうか。タッピング課題の訓練を受けた3組の母子チンパンジーがテストに参加した。実験中は,訓練の時と変わらずにそれぞれ一心不乱にタッピングを行っていた。得られた結果を分析してみて,驚いた。タッピングのタイミングの同調がほとんど起きない。ひとりひとり独立で行ったタッピングの行動データから想定される,お互いに無関係の条件でのタッピングのタイミングの結果と,まったくと言っていいほど差が出ないのだ。これはもしかすると,隣から漏れ聞こえるタッピング音では同調するのに不十分だったからかもしれない。そこで私たちは,自分のモニタのスピーカーから相手のタッピング音が再生されるよう装置を改造して実験を行った。これによって,相手のタッピングにもっと注意が向くかもしれないと期待したのだ。でも,結果は変わらなかった。しかし,結果をより細かく見てみると,相手のタッピングを完全に無視しているわけではないようだ。タッピングの速度やタッピングのばらつきが明らかに変化した個体もいたからだ。他個体の行動になんらかのかたちで引き込まれているのだろう。

この結果をもたらした理由はいったいなんだろうか。そもそもチンパンジーは,人間とは違って行動の同調が起きにくいのだろうか。しかしこの結論は時期尚早だ。単にチンパンジーにとって,電子音は行動を同調させるのには十分な情報ではないのかもしれない。では,例えばお互いの行動が視覚的にはっきり見える対面場面下で実験すると,より行動の同調が起きるのだろうか。これを確認したうえで,「同調」という現象が持つ社会的な意味についてもっと考えていきたい。

この記事は, 岩波書店「科学」2012年5月号 Vol.82 No.5 連載ちびっこチンパンジー第125回『同調する行動』の内容を転載したものです。