ホーム 読み物 岩波書店「科学」2012年8月号 Vol.82 No.8 連載ちびっこチンパンジー第128回『30年ぶりの空』

平田聡・鵜殿俊史・友永雅己・松沢哲郎『30年ぶりの空:医学感染実験チンパンジーがゼロになった』
(出典:岩波書店「科学」2012年8月号 Vol.82 No.8 連載ちびっこチンパンジー第128回)

終止符
 

2012年5月15日、ひとつの歴史に終止符が打たれた。チンパンジーの医学感染実験の歴史である。キャンディーという名の女性と、ムサシとショウボウのふたりの男性。3人のチンパンジーが、この日、民間の医学研究施設から、京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリに移籍してきた。これで、国内に136人いた医学感染実験チンパンジーがゼロになった。

ブルーシートで覆われたトラックに乗って彼らは運ばれてきた。それぞれ個別の運搬ケージに入っている。ブルーシートの下から、「キャーキャーキャー」と泣き続ける声が聞こえた。ショウボウの声だった。ブルーシートを取り、運搬ケージをトラックから降ろした。ケージ前面にはベニヤ板が張られている。中の様子はまだ見えない。泣き続ける声だけが響いた。ケージを飼育室に運び入れ、ベニヤ板を取り外した。格子越しにショウボウの顔が見えた。まだ泣き続けている。続いてムサシとキャンディーもそれぞれ室内に運び入れた。ショウボウに比べれば静かにしていたが、ただ茫然自失していたのかもしれない。

3人とも、そのまま運搬用ケージで一夜を過ごしてもらった。見たところ、健康状態に問題はなさそうだった。少し落ち着いた後、夕食として出した食事をよく食べていた。

ケージの中で30年
 

なぜ彼らは医学研究施設にいたのか。それは、日本がチンパンジーを対象としたウィルス感染実験をしていたからである。厚生省がB型肝炎ワクチン開発研究班を立ち上げ、大学医学部などいくつかの組織が1970-80年代に実験用チンパンジーをアフリカから輸入した。輸入元は主にシエラレオネである。1986年までに約150人が輸入され、ウィルス感染実験の対象となった。主に1歳前後の幼いチンパンジーたちだ。輸入後は、公的研究機関や民間製薬会社で飼育された。

ムサシ、ショウボウ、キャンディーも、そうした経過をたどったチンパンジーである。ムサシは1980年、ショウボウとキャンディーは1983年に、シエラレオネから輸入された。健康な子どもに肝炎ウィルスを接種し、小さなケージで飼育した。縦横奥行きがそれぞれ1から1.5メートルしかない。天井と左右の壁はスチール板で、前面は格子。それが彼らに与えられた空間である。約30年間、ずっとこのケージの中で暮らしていた。ウィルス感染実験だからだ。ケージが置かれた施設は厳密に管理され、気密性が保たれた。日の光はいっさいあたらない。肌は雪のように白かった。

1998年の時点で、3つの医学研究施設に、合計136人の医学感染実験チンパンジーがいた。肝炎研究に加えて、ES細胞の樹立や、遺伝子治療などの研究も始まろうとしていた。そうした感染実験、あるいは不可逆的ダメージを与える侵襲実験を停止させようと、研究者や動物園関係者が集まって組織を作った。SAGA(アフリカ・アジアに生きる大型類人猿を支援する集い)である。長年の努力があって、2006年秋に医学感染実験そのものは停止した。宇土の医学研究施設はチンパンジー達に余生を幸福に暮らしてもらうためのサンクチュアリに生まれ変わった。2011年8月1日に京都大学に移管され、「熊本サンクチュアリ」という名称のもと新たなスタートを切った (第707791121回参照)

こうして、ムサシ、ショウボウ、キャンディーが、医学研究施設に取り残された最後のチンパンジーとなった。この3人を、より幸せな環境で過ごさせたい。当該施設の飼育関係者や有志の研究者が、解決のために動いた。幸い、会社の側の理解と支援もあって、熊本サンクチュアリへの移籍が実現した。

空の下で仲間とともに
 

3人のチンパンジーたちは、移籍した翌日、ケージから出てそれぞれ少し広い個室に移動した。歩いたり、登ったり、降りたり。ただし筋力が衰えていて、そうしたことさえままならなかった。

2012年5月21日、キャンディーを屋外運動場に出した。日本に来た日から数えて、ほぼ30年ぶりに空を眺めた。彼女は、屋外へのドアをすんなりくぐって2mほど探索した。そしてすぐまた部屋に戻った。しばらくためらい、やがて再び屋外に出てきた。そこで、地面に生えたイチゴの草本でネストを作った。野生チンパンジーは、木の枝葉や草本を集めて、寝床となるネストを作る。キャンディーはその行動を忘れていなかった。

ムサシとショウボウは、6月5日、2人で順に、ひとつの屋外運動場に出た。屋外に出るのも、自分以外のチンパンジーと一緒の空間で過ごすのも、アフリカを旅立って以来初めて、これもほぼ30年ぶりとなる。彼ら2人の関係は、必ずしもしっくりとはいかなかった。ムサシが泣きながらショウボウを追いかけ、逃げていたショウボウが瞬間的に反撃すると、ふたりはそれから距離を置いた。それまでずっと、小さなケージでひとりだけで暮らしてきた。仲間との付き合いができなくても不思議はない。

そこで、熊本サンクチュアリの先輩チンパンジーたちとの顔合わせを始めた。顔合わせの最初、ショウボウは、先輩シロウに取っ組み合いのけんかを仕掛けた。シロウは臆さなかった。ペニスを立てて友好的な身振りを示し続けた。ついにショウボウが態度を変えシロウとひしと抱きあった。それから、別の先輩である温和なジョージと笑って遊び始めた。

フーホー、フーホー、ファオー。パントフートと呼ばれる、チンパンジー特有の自信に満ちた声だ。最初は泣いているだけだったショウボウも、立派なパントフートをするようになった。青空の下で仲間と過ごす。自然本来の姿にできるだけ近い暮らしができるよう、これからも彼らを見守っていきたい。


屋外に出たキャンディー


必死なムサシ


日に当たるムサシ


悲鳴をあげて抱き合う二人


仲良くなったジョージ(左)とショウボウ(右)
この記事は、 岩波書店「科学」2012年8月号 Vol.82 No.8 連載ちびっこチンパンジー第128回『30年ぶりの空:医学感染実験チンパンジーがゼロになった』の内容を転載したものです。
こちらもどうぞ