フロリダのア二マルキングダム

8月初旬,アメリカのフロリダのオーランドで,アメリカ心理学会が開催された。ディズニーワールドの場所である。そこには,アニマルキングダムという動物園が1998年に開設されている。世評が高いので,この機会に見に行った。そこで働いているレイティー博士が案内してくれた。入場者は1日あたり約2万人だそうだ。中央にシンボルツリーのバオバブの木がある。もちろん作り物だ。本物は倍ほど背が高い。

アフリカ・サファリが人気だ。次々と来るトラックに人々が乗り込む。カバ,ワニ,サイがいて,サバンナを模した場所にはキリンやゾウ,シマウマ,ライオンがいる。ゴリラもいた。檻やケージというものがいっさい人目につかない。

アフリカの隣は東南アジアで,寺院を模した場所にテナガザルがいた。その隣は,ヒマラヤの雪男を探検するという設定で,ジェットコースターがある。要は,動物園と遊園地がひとつながりで,動物園でいえば「それらしい雰囲気」を味わうということだ。しかし見ていてせつなくなった。

まず,本来の自然とまったく違う。たとえばケニアのナイロビ空港から車で30分も走れば,国立公園がある。遠くにビルが林立しており,飛行機も離着陸するが,そこは紛れもなくアフリカのサバンナである。入手は加わっていない。キリンが遠くを閲歩し,草むらにライオンの姿がかすかに見える。ダチョウが悠然と歩き,シマウマやトムソンガゼルに近づける。サバンナの草が育む豊かな自然がそこにある。このアニマルキングダムは,そのような場所とはまったく違う。

さらに,ここの動物たちは,人目には触れないものの,夜は獣舎に入れられてしまう。狭い場所で,動物たちは長く不自由な生活を強いられる。

絶滅の危機に瀕している野生動物が,娯楽産業の商売に使われている。開園後14年が経過し動物たちも徐々に高齢化しているそうだ。野生の生息地から隔離しているので,次世代をうまく育成することもできない。

力ンクンの植物園

8月後半,メキシコのユカタン半島の保養地カンクンで,国際霊長類学会が開催された。学会の後,主催者のマルチネス教授が,車で30分のところにある植物園に連れて行ってくれた。メキシコの高名な植物学者が作ったもので,広さ68ha,高速道路と川と民家に囲まれた緑地帯だ。ユカタン半島の本来の熱帯林に入手が加えられている。

車を降りた途端,野生のクモザルの一群に出会った。哺乳類は一般に母系の社会を作る。霊長類も例外ではない。ニホンザルのように祖母-母-娘が群れに残り,男性は年頃になると群れを出て,ハナレザルとかヒトリザルと呼ばれる。チンパンジーは例外的に父系で,女性が群れを出ていく。じつは系統的に遠い新世界ザルのクモザルも,父系社会を作ることで有名だ。初めて実際の群れを見ていてワクワクしてきた。

ここは,本来の自然そのままである。クモザルたちは餌付けされていない。人馴れもしていない。好奇心旺盛な若者が樹上から降りてきてこちらをのぞく。子どもを背負った母親は逆に離れていった。森の奥のほうに500mほど歩くと,別の一団に出会った。一群れが複数の小集団に分かれている。この「分裂凝集する集団」というのもチンパンジー社会の特徴なのだが,クモザルもそうなのだ。植物園の人によると,ここには1群33個体がいるそうだ。

そしてここでは,植物園が動物園になっている利点を発見することができた。クモザルは房状に実った果実を食べていた。ふと目を下ろすと,その木の学名がプレートに書いてある。どの木にいるか,何の実を食べているか,一目瞭然だ。クモザルを見上げる足元を,大きな野生のイグアナがゆったりと通り過ぎて行った。

フィールド・ミュージアム

動物園を遊園地と一緒にしたアニマルキングダム。動物と植物を一緒に展示したカンクンの植物園。自然のまるごと全体を示しつつ,動物の生態を知るという意味で,後者が圧倒的に優れていると思った。フィールド・ミュージアム(野外博物館)ということばが頭をよぎる。動物と植物を切り分けず,ともに暮らしているそのままの姿を見せる。

日本の霊長類学の成果は,そうしたものを実践してきたことだろう。一般の方にもなじみの深い,行きやすい場所でいえば,南の屋久島だ。飛行機や船で島に着く。そこから30分もいけば,野生のサルやシカがいて,樹齢数千年というヤクスギが生えている。世界自然遺産の島である。

霊長類学の発祥地である宮崎県の幸島もすばらしい。沖合300mほどにある無人島だ。京都大学野生動物研究センターの職員が対岸の施設に常駐している。1948年から60余年間にわたってサルたちの暮らしを記録し続けてきた。釣り人が訪れるので,渡船業者に頼めば島に渡れる。亜熱帯の植生とサルのいる天然記念物の島である。

仙台から石巻を越え,牡鹿半島の先にある金華山もすばらしい。これも沖合の無人島だが,定期船がある。大きな神社があって,参詣の人が絶えない。山道をたどると必ずニホンジカに出会う。運がよければ野生のサルにも出会う。

北から南まで,細長い日本列島の各地の自然の植生を見ながら,野生動物たちの暮らしを垣間見ることができる。彼らは自由な意思で,行きたい場所に行き,食べたいものを食べ,好きな場所で寝ている。

いわゆる動物園に欠けているのは,こうした基本的自由だと思う。カンクンの植物園のクモザルを見ながら,野生ニホンザルの姿やギニアの野生チンパンジー,そして動物の飼育や展示のあり方に思いをはせた。

この記事は, 岩波書店「科学」2012年10月号 Vol.82 No.10 連載ちびっこチンパンジー第130回『植物園にすむクモザル』の内容を転載したものです。