撮影:撮影:山梨裕美
図2: 迫ってくる母親のアイに背中をむけて、手に持ったスイカを守るアユム。母子の体格差もほとんどなくなった

うまれたときにはかわいいちびっこチンパンジーだった3人も、今年で12歳になった。人間でいえば18歳くらいで、もうほとんどおとなの仲間入りだ。それでも、下に弟妹がいないので、まだまだ母親との関係は強い。集団から離れて個別の勉強部屋に移動するときには、今でもほとんど母子が一緒にやってくる。

母親と子どもの食物を介したかかわりには、人間とチンパンジーの間で大きな違いがあることがわかっている(本連載2回、29回参照)。人の母親では、子どもに食物を与えたり、口元にまで運んで食べさせてあげたりすることがよくある。しかし、チンパンジーの場合には、子どもが積極的にねだらないと母親が食べているものをもらうことはできない。母親が自発的に子どもへと渡すのは、果物の芯や種などのカスだけだ。とくに、ほぼおとなと変わらないくらいまで成長したチンパンジーが、母親から食物をわけてもらうことはむずかしい。

野生チンパンジーは、木になる果物などを食べることが多い。子どもは母親が食べている姿を至近距離からじっとのぞきこむ。食べてみたければ、同じように熟した実を近くの枝から自分で探してきてかじってみればいい。そうすることが長い目で見れば、子どもの自主性を伸ばし、自力で森の中でくらす術を学ぶことにもつながるのだろう。

9歳のときの誕生会について、本連載93回でご紹介した。例年、子どもたちの誕生日に、果物のプレゼントを贈っていただいている。今年は、全員に小玉スイカを丸ごとあげた。少しずつおとなになるちびっこチンパンジーと母親との間の交渉は、やはり少しずつ変化している。

撮影:櫻庭陽子
図1: 去年は、母親がメロンを食べる様子をうらやましそうに見つめるだけだったアユム

アユムの誕生会

3年前の誕生会で、アユムは不可解な行動を見せた。母親のアイにはくぐれないすきまを通って、隣の部屋に置かれたスイカの大きなかたまりを手に入れたところまではよかった。そのあと、何を思ったかそれを扉のむこうで待つアイに手渡したのだ。アユムは残された小さなかけらと、あとでアイからもらった皮の部分を食べただけだった。

去年の誕生会では、どちらが先に果物がある部屋に行くかで親子げんかがはじまった。結局、アイがメロンとマンゴーを独占して、アユムはマンゴーの種のまわりにうっすら残った果肉を食べただけ。アイはメロンの皮まで残さず食べてしまい、アユムはその様子をうらやましそうに見つめていた(図1)。

今年はどうだろう。アユムは見事に小玉スイカを手に入れるのに成功した。遅れて部屋に入ってきたアイが手をのばしても、背中をむけてしっかりとガードしている(図2)。しばらく粘っていたアイも、諦めたのかアユムから離れたところに座って、少し不満気な顔でアユムを見たりしていた。去年までの、母親がメインとなってしまう誕生会から一転して、ようやく「アユムの誕生会」という雰囲気になった。これも成長のあかしだろう。

クレオの誕生会

母親のクロエにべったりだが、食べ物に目がないクレオはどうだろう。3年前も去年も母親がスイカを豪快に食べる姿をそばでじっと見て、母親が残す皮をかじっているだけだった。今回のクレオは、母親が持っているスイカに顔を近づけた。あいさつするときなどに出すグラントという声をかすかに発しながら、ゆっくりとスイカに顔を近づけていく。母親の様子を見つつ、ようやく少しだけ赤い身の部分を口に含んだ。やがてそれも諦めて、ひたすら母親が食べたあとの皮を回収して食べている。母親も少しくらい赤い部分を残してあげればよいのに、きれいに赤い部分をこそげとってから子どもに渡す。

人間の親子ではとても想像できないことが、チンパンジーの世界ではふつうに起こる。それでも、今年は母親とかけひきしながら、クレオもちょっとは赤い部分をもらうことができた。子どもの成長にともなった変化が見られるのがおもしろい。

パルの誕生会

おっとり親子のパンとパルではどうだろう。母親のパンは夏ばて気味。娘のパルは相変わらずおてんばで、体重が母親を上回るほど大きくなった。

スイカを隣の部屋に置くと、母子ともに興奮して声をあげている。ところが、隣の部屋への扉をあけても、なかなかパルはくぐろうとしない。かなり大きく扉をあけると、ようやくパルがくぐってきた。うれしそうに声をあげてスイカにかぶりついた。しばらくしてパンも扉をくぐってやってきた。大き目のかけらを手に入れて、天井近くにのぼってゆっくり食べ始めた。

パルは、まだ赤い部分がたくさん残っているのに、途中からは皮に近い部分だけを歯でけずりとるように食べ始めた。だんだんおなかがいっぱいになって、甘い部分より多少味のうすい部分のほうが口にあったのだろうか。さらに、丸い大きなかたまりをひっくりかえして上から手で押さえつけたりして遊びながら食べるようになった。母親のパンも赤い部分がなくなるまで食べると、残った皮を近くの格子にはさんで、それ以上スイカを手に入れようとはしなかった。

パンとパルは、もともとスイカが大好物というわけではない。それも影響しているのだろうが、クレオたちが見たら驚くだろう贅沢な食べかたに、親子ごとの性格の違いをまざまざと感じた。

子どもたちの成長とともに

毎年一回のイベントで、子どもたちの成長と、母親との関係性の変化が見て取れる。子どもたちもおとなになり、次の世代の誕生など大きな出来事がこれから先に待ち構えているだろう。彼らと生活をともにすることで、お互いに成長しながら彼らの日々のくらしを支えていきたいと思う。

この記事は, 岩波書店「科学」2012年12月号 Vol.83 No.12  連載ちびっこチンパンジーと仲間たち 第132回『チンパンジーの誕生会2012』の内容を転載したものです。