質問紙法で個性を測る

類人猿でも、人間と同様に中年の時期に幸福度が下がる、という調査結果がでた。対象は、チンパンジー336個体、オランウータン172個体、合計508個体である。年齢は2歳から50数歳までにおよび、日米など5カ国の動物園等65施設で飼育されている。霊長類研究所や熊本サンクチュアリのチンパンジーも対象になった。

彼らをよく知る人々、すなわち日々の飼育にたずさわる人々に、個性の評定をしてもらった。今回の調査対象とした質問は4項目、「積極的か消極的か」、「社交的か否か」、「目的を達成できるかどうか」、そして「もし彼らだったとしたら自分は幸せと思うか」。用意された設問について答える、心理学で「質問紙法」と呼ばれる方法だ。

第三者からみての回答ということもあり、各個体について、飼育者2人が評定した。1~7の7段階だ。各項目について点数の高い、つまり、積極的で、社交的で、目的を達成できて、傍から見て幸せそうに見えるものを「幸福」と定義し、平均が50で標準偏差が10になるようにして求めた偏差値を「幸福度」とした。

横軸に年齢をとり、縦軸に幸福度をとると、U字型のグラフになった。つまり、幸福度は子どもたちと年寄りで高く、中年のところで低い。最低値になるのは30歳頃だった。

初潮や初産、第3大臼歯(親しらず)の萌出で比較すると、類人猿の年齢を1.5倍した年齢がヒトとほぼ釣り合う。つまり、人間でいえば45歳ころに幸福度が最低になる。幸福度が40を下回るのは類人猿が25~35歳ころで、人間でいえば30歳台末~50歳台初めの中年期にあたる。

中年の危機

この調査結果を、人間で知られている中年の危機(ミッドライフ・クライシス)とからめて報告した。「中年ブルー」とも呼ばれる現象だ。中年になると、満たされない思いがつのり、気持ちが沈み込みがちだ。

人生これでよかったのだろうか、もっと違う生き方があったのではないか。若いころの夢が実現しない。住宅や教育のローンが重くのしかかる。気がつけば髪に白いものが混じり始めた。だめかもしれない。やる気が失せた。そうして満たされず沈み込む一方で、急にオートバイを乗り回したり、ギターをかきならしはじめたりする。人生をやり直したいと思う、やり直そうとする。

そんな思いは中年の時期に顕著だ。その時期を過ぎると、比較的穏やかな気分になる。まあ、これでいいか。しかたがない。それはそれ、これはこれ。あきらめる。忘れる。いわゆる老境に入る。

なぜ中年の危機があるのか。これまでは、社会的・経済的要因によると考えられてきた。社会的な責任が増す。あるいは逆に高い地位につけず、社会的に恵まれなかったり、経済的に苦しかったりする。その結果として、気分が落ち込むのだと。

今回の結果は、そうした従来の解釈に一石を投じた。中年の危機は、人間と類人猿に共通している以上、生物学的要因があるはずだというのだ。類人猿には、経済的な問題や、現代の人間が直面するような社会的責任はない。ましてや動物園で飼育されているので、一生、食住は安泰だ。年齢による待遇の違いもない。そんな彼らでも、やはり中年になると幸福度が下がる。そうであれば、中年の危機には加齢による生物学的要因があり、ホルモン分泌などの生理学的な変化がその基盤になっていると考えられる。

Credit: Tetsuro Matsuzawa / Primate Research Institute, Kyoto University
図: ポポ30歳。はたして中年の危機なのだろうか(撮影:筆者)

問題点と3つの収穫

類人猿の幸福度の調査結果と、それにもとづく中年の危機という考察からなる論文が公表された。いくつもの疑問や疑義があるだろう。

そもそも、類人猿の幸福度を人間が評定することは妥当なのだろうか。どこでやっても、評定者を変えても同じ結果が再現され、データの信頼性はある。しかし、信頼性と妥当性は別のものだ。「幸福」ということばからわれわれが想起するものを実際に測れているかどうか。

また今回の調査は、個体の加齢に伴う経時的な変化を追っているわけではない。したがって、たとえば中年の時期に幸福度が下がった個体が早死にし、幸福度の高い個体だけが老齢まで生き延びた結果がU字型のカーブとしてあらわれた、といった可能性も否定できない。

問題は多々あるが、3つの点で収穫があった。第1に、異分野との交流から成果がえられた。これまでは、性格の基盤となる遺伝的多型に研究の目が向けられていた。それが今回は、経済学や人間行動の研究者との共同作業の中で、「中年の危機」という発想が生まれた。これはすでに公表されていた資料を、別の視点で解析した成果だ。

第2に、個体発達のなかで問題にされてこなかった「中年」という時期に光があたった。胎児期、周産期、乳児期、幼児期そして思春期。そこまでは、アユムたち3人のチンパンジーの認知発達研究で追ってきた。一方で、ボッソウの野生チンパンジーを対象に「おばあさん」という社会的役割の出現や老齢についても考察してきた。しかし、中年の時期は、ぽっかりと空いていたのである。

第3に、幸福を世に問うた。真にそれが測れたかどうかはともかく、比較認知科学の研究が、人間の幸福そのものを射程に入れ、国内外の多くのメディアがこの論文を取り上げた。それは、ひとえに問いそのものが重要だったからだろう。中年の危機に生物学的要因があるとしてそれが具体的に何なのか、今後の研究が待たれる。

謝辞:本論のもととなった研究は、アレキサンダー・ワイス(英国エジンバラ大学)を第1著者、ジェイムス・キング(米国・アリゾナ大学)、村山美穂(京都大学野生動物研究センター)、アンドリュー・オズワルド(英国ワーウィック大学)を共著者として、2012年11月19日発行の米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された。日本での調査には、類人猿の戸籍簿といえるGAIN(大型類人猿情報ネットワーク)を活用した。

この記事は, 岩波書店「科学」2013年1月号 Vol.83 No.1 連載ちびっこチンパンジー第133回『類人猿にも「中年の危機」がある?』の内容を転載したものです。