Credit: Tetsuro Matsuzawa / Primate Research Institute, Kyoto University

目の前で野火が起きた

年末年始をアフリカで過ごした。毎年この時期に、ギニアのボッソウの野生チンパンジーの調査をしている。アフリカ、熱帯、ジャングル、蒸し暑い、というように連想するが、乾季の森は涼しい。最高28度、最低22度くらいの気温だ。湿度が低いので、すっと汗がひく。シャツ1枚でちょうど良い。樹冠が陽光をさえぎるので、森の中の空気は温まりにくく冷めにくい。

ボッソウには1群れ12個体の野生チンパンジーがいる。東に位置するニンバ山は、世界自然遺産だ。広大な森にたくさんのチンパンジーがいる。ボッソウとニンバのあいだはサバンナだ。ところどころに灌木があり、エレファントグラスという丈の高い草が一面に生えている。それが乾季は枯草になっている。

サバンナを切り開いて木を植える活動をしてきた。ボッソウとニンバを隔てる約4キロのあいだに緑の回廊を作る。12月31日、年の終わりをその視察にあてた。トヨタのランドクルーザーで見て回る。午後2時に回廊を訪れた時は何もなかった。午後4時に、もう一度見回ったとき、サバンナの北のほうに野火の気配を感じた。北の空にうっすらと煙があがっている。

「遠いからだいじょうぶ」と、回廊の見回り役のブナが言った。

でも、煙ったような匂いが漂う。そのうち、パチパチとはぜるような音も聞こえてきた。だいじょうぶじゃない。そう遠くない。しかも近づいてきている。突然、目の前で火の手が上がった。枯草が燃え、みるみるうちに炎が燃え広がる。ゴオーというような音がする。空に高々と煙が立ち昇り、気が付くと多くの鳥が飛びかっている。サバンナの茂みに巣をかける習性をもつ鳥たちだ。

水を使わない消火活動

運転手のピエールを含めた一行6人だった。目の前に広がる炎に圧倒された。丈の高い枯草なので、燃え上がった炎の高さは目視で5メートルを超えていた。あとずさるしかない。気がつくと、火勢は一様ではない。草なので燃えるのも早いが比較的すぐに燃え尽きる。微妙な風の動きで、炎は燃え盛ったり落ち着いたりしている。しかしサバンナなので水がない。どうやって消し止めたらよいのだろう。

ブナが先頭に立って炎に立ち向かった。火を叩いて消すのだ。サバンナの灌木の太い枝を折りとって棒にして、これで火を叩く。燃えている枯草をなぎ倒す。枯草ごと地面に叩き伏せると、すこし火勢が収まる。火を向こうに押しやる感じだ。そういえば、江戸の火消が、建物を打ち壊す道具をもっていたなと思い出した。

少し弱まったら、葉がたくさんついた枝を束ねて大きな箒のような形にして、これで火を抑え込む。バサッ、バサッ、と上から叩いておいて、最後に叩きつけたまま地面に押し付けると、けっこう消える。衣服を水で濡らして炎を抑え込む、という消火法のことを思い出した。空気が遮断されて消えるのだろう。

棒で叩いてなぎ倒す。葉のついた枝で抑え込む。この2つの方法で消火にあたった。目の前の火を退治したと思ったら、すこし離れたところでまだ火のはぜる音がする。一か所だけではないことがわかった。頃合いをみて、運転手とアメリカ人の大学生メガンを村に返した。救援を求めに行かせたのである。

車の通る道が防火帯の役割も担っている。まずは道の片側だけに火が留まるように枯草をなぎ倒した。道を隔てた反対側では、植樹用の幼木の苗床を作っていた。約4000本の苗木だ。火はすぐそこまで迫ったがなんとか食い止めることができた。

そうこうするうちに、車に乗って応援が駆けつけてきた。チンパンジー調査の現地助手たちだ。俄然、盛り上がった。

「やっちまえー」と口々に叫んで火に立ち向かう。
「死ね、死ね」といって棒で叩く。

ちょっと背筋の凍る思いがした。現地のマノン人たちは、昔は首狩り族だったそうだ。

野火の原因

どこから火は始まったのだろう。たぶん、遠くの野焼きが原因だと思う。首都のコナクリからボッソウまで約1000キロの旅の途中、野焼きの風景をよく目にする。枯草に火を入れる。燃えると白い灰が残る。それが地味となって、根元から新しい草が生えてくる。放牧している牛や羊がその草をはむ。

緑の回廊を作っているサバンナはニンバ山の西側を南北に延びている。遠く北のほうでは、牛の牧畜がおこなわれている。野焼き自体を止めることはできない。そのために緑の回廊には草を薙ぎ払った幅15メートルの防火帯も設けてある。おそらくそれを越えて火の粉が風に乗ってきたのだろう。枯草の燃えた一部が風に運ばれて火が移る。一見収まってはそれを繰り返す。

これまでもたびたびそうした延焼があった。燃え尽きたサバンナに立ち尽くした日のことを思い出した。地面がぶすぶすと燃えて燠が残り、靴底から熱が伝わってくる。

今回がこれまでと違うのは、目の前で火が始まったことだ。そして、その火を皆の力で消し止めることができた。野火の一部始終を体験した。検証してみると、植樹して歳を経た部分はこんもりとした林になっていて、すべてだいじょうぶだった。周囲の枯草が燃えただけだ。時計を見ると午後6時。2時間の消火活動だった。

車にぎゅうぎゅうづめになって村に帰った。アフリカの夕陽は大きい。オレンジ色の日輪がゆっくりと山の端に落ちていく。残照を背景にヤシの木が垂直にすっくと立って、こんもりとした頂上の葉の塊が黒いシルエットになっている。いろいろなことがあった年の終わりのできごとだった。

Credit: Tetsuro Matsuzawa / Primate Research Institute, Kyoto University
この記事は, 岩波書店「科学」2013年3月号 Vol.83 No.3 連載ちびっこチンパンジー第135回『「緑の回廊」の野火を消し止めた』の内容を転載したものです。