図: 京都大学霊長類学・ワイルドサイエンス・リーデイング大学院の工ンブレム

オンリーワンのリーデイング大学院

2013年10月1日,京都大学に「霊長類学・ワイルドライフサイエンス」リーデイング大学院 が発足した。そのめざすところを紹介したい。

霊長類学は日本から世界に向けて発信し日本が世界の第一線を保持してきた稀有な学問である。霊長類学を基盤にして大型の絶滅危倶種を対象にした「ワイルドライフサイエンス」という新興の学問分野を確立しつつある。

学問としては最先端を担っていながら,欧米にあって日本に明確に欠けているものが3つある。

①生物保全の専門家として国連や国際機関・国際NGO等で働く若手人材,②博物館・動物園・水族館等におけるキュレータ一(博士学芸員)として活躍し,生息地で展開する博物館動物園としての「フィールドミュージアム」構想を具現する者,③長い歳月をかけてー国まるごとを対象としたアウトリーチ活動を担う実践者,である。以上, 日本が抱える3つの欠陥を,逆に将来の伸びしろと考え, 研究・教育・実践の新たな展開の場と捉えたのが本プログラムである。

3つの出口:国際機関,動物園,一国アウトリーチ

大学院を卒業したあとの就職,すなわち出口を3つ考えた。

第1は,国際機関等で働く。日本は国際連合(UN)の主要なドナー国である。各国の拠出金の約12.5%を占める。しかしその職員数は著しく少なく約3%だ。国連や,国際機関や,国際的NGOなどで働ける博士学位をもった人材を養成する必要がある。

国連にはUNESCO,UNEP,UNICEFなどのプログラムがあり,欧米にはIUCN(国際自然保護連合),WWF(世界自然保護基金),WCS,FFI, CIなど,歴史と伝統をもった巨大なNGO組織がある。国連機関そのものや国際組織で働ける,専門性と語学力・情報発信力と,フィールドワークの現場経験をあわせもった人材が日本に乏しい。

第2は,キュレーターとよばれる博士学芸員である。日本の動物園は,飼育員,獣医師,事務職員で成り立っているのに対し,欧米の動物園にいくと,キュレーターという職業が確立している。大学院で動物学を学んだ人が,実際に野生動物を観察し,研究と教育を両立させつつ園館の運営にも深く関わっている。

あまり一般に知られていないが,小学校・中学校・高等学校の教師の資格は,殴米では修士卒に移行している。大学の事務職員も,欧米でURAとよばれる博士事務職員が,日本でも急速に導入されつつある。日本の学芸員というのは大学卒の資格だが,教員や事務職員と同様に,専門的な知識が必要だろう。野外での実践経験,外国語での発信力,行政にも明るい人材だ。日本動物園水族館協会には約90の動物園と70の水族館が加盟している。法令上は博物館等みなし施設だ。国際的な情報発信の役割を果たす人材を育成する必要がある。その先に,国内外の生息地そのもので展開する新しい博物館動物園のかたちである「フィールドミュージアム」の実現をめざしたい。

第3は,一国アウトリーチ活動を担える人材である。京都大学は,全学を挙げて一国を対象としたアウトリーチ活動をおこなってきた。最初の対象はブータンである。1957年からの半世紀を超える縁があり,過去2年半のあいだに10次合計71名の訪問団と2次合計12名の受け入れをおこなってきた。京都大学のフィールドワークの伝統を活かしたプログラムである。

それをロールモデルとして,フィールドワークを基本とした手法で,生物多様性のホットスポットにおける生物保全活動をめざしたい。具体的には,アマゾン,ボルネオ,中国・雲南省,インド,アフリカ東部のタンザニア・ウガンダ,中部のコンゴ・ガボン,西部のガーナ,ギニアといった国と地域である。そこでは,具体的構想や貢献を,一国の政策として実現していく手腕をもった人材が必要だ。長い歳月をかけ一国を対象としたアウトリーチ活動を通じて,オールラウンドな指導者となる人材を育成したい。

フィールドワークを主体とした実践カリキュラム

入試・教育・学位まで一貫した英語による世界標準の教育をする。外国語3語(たとえば,アフリカ中央部で活躍するには英語・仏語・リンガラ語が必須)の習得を義務づけた。その上で,3つの主要なコースワークがある。

第1に,外に出てフィールドワークをする。京大が保有する国内の野外実習拠点を活用する。天然記念物の幸島での野生ニホンザルの生態観察,世界自然遺産の屋久島でのヤクザルとシカの共存する森でのゲノム実習,妙高高原京大ヒュッテを拠点とした野外生活・観察実習に,自主企画の野外研究を加えた4つの野外実習を1年次の必修とした。2年次以降は,国際連携拠点で海外野外実習をする。

第2に,ラボワークを課す。京大が保有する研究施設である霊長類研究所,野生動物研究センター,熊本サンクチュアリや,学外連携施設の京都市動物園,京都水族館,名古屋市東山動物園,日本モンキーセンターなどである。ラボとはいえ座して学ぶ座学はない。つねに体を動かし手を動かして,こころ・からだ・くらし・ゲノムの広い視野から人間とそれ以外の動物の関係を,現場に近いところで学ぶ。

第3に,国際連携機関との交流を各年次で義務づけた。2004年度に始まって10年続くHOPE事業を霊長類研究所はおこなってきた。日独米英仏伊の先進6か国,さらには生息地国の主要研究機関との覚書も整っており,そこで海外研修をおこなう。

入試はすべて英語。春秋入学も認めた。すでに2009年度には,霊長類研究所に国際共同先端研究センターCICASPを立ち上げた。研究所の大学院生の外国人比率は,欧米を中心に30%に達している。過去5年間蓄積したものを活かして,入り口から出口まで一貫した展望の下,国際性をもった大学院プログラムを運営したい。

HP : http://www.wildlife-science.org/
facebook : https://www.facebook.com/KU.PWS

この記事は, 岩波書店「科学」2013年12月号 Vol.84 No.12 連載ちびっこチンパンジー第144回『霊長類学・ワイルドライフサイエンス・リーディング大学院』の内容を転載したものです。