キンシコウ
キンシコウ
図1: 雪を食べる雲南キンシコウの子ども

自然と文化の多様性

雲南省は中国の南西の隅にある。面積約39.4万平方キロメートル, 人口約4400万人。日本よりやや広いところに約3分の1程度の人口だ。北から時計回りにチベット自治区,四川省,貴州省,広西チワン族自治区,ベトナム,ラオス,ミャンマーと接し,内陸にあって海がない。省都は昆明で人口約600万人。別名は春城。北緯25度で沖縄のやや南だが標高が約1900mと高く,温暖な常春の地である。

南のシーサンパンナから北に向けて徐々に高度がせりあがり,動値物の垂直分布が自然の多様性を生んでいる。文化も多様だ。中国55の少数民族のうち,人口4000人で切ると26が雲南に居住しており,うち15は雲南だけにしかいない。人口の約3分の1が少数民族で,ベー(白族), イ(彛族), ナシ(納西族),チベットやウイグルもいる。

中国に初めて行ったのは1988年だった。京大学士山岳会の山登りの交渉のためである。翌89年に新疆ウイグル自治区のムズターグアタ(7546m)に登り,翌90年にチベッ卜自治区のシシャパンマ(8027m)に登頂した。

雲南には1994年の夏に初めて行った。モンゴル族の調査のためである。南の地でモンゴルというアイデンティティーを維持して約800年を過ごしている。野生チンパンジーの文化的多様性を発見したころだったので,文化とそれを維持するメカニズムに興味をもった。

新門というモンゴル族の村に約1カ月滞在した。チンギスハンや孫のフビライの時代に版図を広げて元という国になり,南はベトナムまで押し出した。屯田兵のように,家族を伴っての前線だったそうだ。その後,元が縮小するときに前線に取り残されたのがモンゴル族だ。言語とドレスコード(服装の決まり)を周囲から際立たせることで,少数民族が相互に識別しつつ平和共存しているようすを実感できた。

雲南キンシコウ

昨春,講演のため,久しぶりに昆明を訪れた。モンゴル族調査の通訳だった韓寧(ハン・ニン)さんが,今では昆明理工大学の英語の先生になっている。彼女の紹介で,龍氷誠(ロン・ヨンチョン)さんと出会った。雲南キンシコウの研究者である。「金丝猴」と書く。孫悟空のモデルとなったサルとして有名だ。それが機縁で,今春2014年の野外調査を企画した。

ヒマラヤ山脈の東端では,東から揚子江,メコン川,サルウィン川という3つの大河が,ごく狭い地域を南北に流れている。三江併流という世界自然遺産だ。そのメコン川以東に,雲南キンシコウがいる。タチェンという場所で人付けが進んでおり,それをまず見に行った。

針葉樹が優勢な二次林だった。朝晩は0℃以下に冷え込む。雪がそこかしこに残っていた。雲南キンシコウの一群れに遭遇した。おとなの男性と女性,若者と,母親にしがみつく幼児もいた。若者2頭が,梢の先端までいって落っこちる。追いかけては落ちる。

主たる食べ物はサルオガセだった。樹木に付着して垂れ下がる地衣類である。実際に食べてみた。ぱさぱさとした食感だ。倒木の上の雪がザラメ状になって残っていた。2~3歳と思われる子どもが雪を手ですくって食べていた(図1)。雲南キンシコウは,標高3000~4000mの高地にすむ。ときには標高5000m近くにまで達する。雪を手に取って食べるサルを見て,不思議な感じがした。

顔はたしかにキンシコウだ。特有の奇妙な鼻である。鼻の先がツンと上を向いている。一対の鼻孔は縦長で,正面に向かって開いている。唇がぽってりとしていてピンク色だ。両耳に白い房毛がついている。孫悟空のモデルとなったのは四川省のキンシコウで,体毛が金色だ。雲南のキンシコウは,うしろから見ると真っ黒な毛に覆われ,腰から下の部分が白い。正面からみると腹側の毛も白い。太陽に向く背側は黒く,雪面に接する腹側は白く,全体として効率よく太陽熱を吸収して体熱を奪われないようにしているのかもしれない。長い尾も印象的だ。体長とほぼ同じ長さで,漆黒の巻き毛になっている。

梅里雪山
図2: 梅里雪山,6740m

梅里雪山に未知のキンシコウを探す

2011年,ミャンマーで新種のキンシコウの死体が発見・報告された。霊長類は約300種類いるが,21世紀になって新種が発見されることは稀有だ。中国側でも2012年に調査され,同種のキンシコウが中国側にも分布していることがわかった。両国の国境はサルウィン川の西の山稜上なので,山を越えた中国側にいても不思議はない。

雪中で弱っている若いメス個体が保護されたことが,確定的な証拠になった。そのメスを見に行った。サルウイン川畔の街リュウク。そこから車で,中国とミャンマーの国境をめざした。そこで出会ったメスは全身の毛が黒く,顔を見ると,キンシコウ特有の奇妙な鼻をしていた。

メコン川以東には雲南キンシコウがいる。サルウィン川以西にはミャンマーキンシコウがいる。メコン川とサルウィン川のあいだの南北に長く続く山岳地帯からは,キンシコウの発見の報告がない。この山岳地帯・怒山は,北はチベットに続く。

最高点はカワカブ峰(6740m)で,中国名を梅里雪山(メイリシュエシャン)という(図2)。じつはこの山で,1991年1月4日,京大学士山岳会の隊が遭難した。豪雪のあとでキャンプ地に雪崩がきて,日中あわせて17名全員が消息を絶った。

梅里雪山から南に続く山稜のどこかに,未知のキンシコウがいる。少なくとも過去にはいたはずで,今もいるかもしれない。2週間あまりの調査のなかで,2つの大河を隔てる山稜のメコン側の谷に入った。カワカブ峰の東面の明永氷河をはじめ,6カ所の谷筋を登った。川床は約800m,最高到達点は3200mだった。未知のキンシコウの姿は見つからなかった。また来ることにした。

この記事は, 岩波書店「科学」2014年5月号 Vol.84 No.5 連載ちびっこチンパンジー第149回『雲南のキンシコウ』の内容を転載したものです。