チンパンジーの同種殺し

チンパンジーがチンパンジーを殺す。叩きのめすだけでなく,死にまで到らせる。そうした殺しの事例を集め(文献1),殺すのは本性だと結論づけた。

アフリカにあるチンパンジーの18調査地,ボノボの4調査地の研究者の協力の成果である。最長がゴンベの53年間,次がマハレの48年間,ワンバの39年間,われわれボッソウの37年間,タイの34年間だ。全22調査地を合計すると426年間見続けたことになる。152の事例の内訳として,確実に殺しの現場を見たのが58例,現場こそ目撃していないが死体から同種殺しと断定できるのが41例,状況証拠から見て殺しがあったと推定されるのが53例である。

殺すのも,殺されるのも,男性が多い。殺害者は男性92%,被害者は男性73%である。全体の66%が,隣り合う群れのあいだでの抗争による。殺す側と殺される側の人数比の中央値は8:1だった。つまり,集団でなぶり殺しにする。

こうした同種殺しの原因として,大きく2つの可能性が考えられてきた。第1は人間に起因する可能性。人間が彼らの生息地を奪った結果,争いが多発して殺しが起きたと考える。第2は,彼らの本性として同種殺しがなされた可能性。食物や,繁殖可能な女性,なわばりをめぐって,まずは抗争し,そのあげくに殺しにまで発展する。

わたしたちの調査地ボッソウは,まわりを人の畑に取り囲まれ,人間による擾乱が最も著しい。それにもかかわらず,過去一度も殺しは起きていない。ただし,日常的に隣接する群れのない孤立群だという点も考慮されるべきだろう。調査地はそれぞれに固有の背景を抱えている。しかし,それらをまとめて全体を俯瞰した結果,人間の影響の有無とは関わりなく,チンパンジーは同種殺しをすることがわかったのだ。


図1: 道をわたるチンパンジー (撮影:Anup Shah & Fiona Rogers)

チンパンジーが人間を殺し,人間がチンパンジーを殺す

チンパンジーの攻撃性はチンパンジーだけに向けられるわけではない。ボッソウでは,チンパンジーに襲われて人間が傷害を受けた例が,1995~2009年のあいだに11例あった(文献2)。被害者は子どもで,いずれも3~10月に起きていた。雨季で森の果実が少ない中で,チンパンジーたちが畑あらしをすることも多く,人間との遭遇が増えたのが原因だろう。

不幸にも死に到るばあいもある。2010年6月5日に,4歳の男児がチンパンジーに殺された。親類の家に来ていたよその村の者だ。両親は朝早く畑に出た。それを追って若い男女(被害者の母方の叔母とその婚約者)が男児を連れて3人で歩いていた。すると11時ごろ,村と畑を往復する道で一群のチンパンジーに遭遇したのである。じっとして待つべきだった。しかし,ボッソウの村人でなくチンパンジーへの対処を知らない大人2人が,大声をあげ,男児を置いて逃げ去った。男児は道沿いに100mほど引きずられ,さらに藪の中に34m引きずり込まれた。近くの畑で叫び声を聞いた農夫が駆けつけて,チンパンジーを追い払った。引きずられたときの傷が致命傷になり,13時ころ,男児の死亡が確認された。

人間もチンパンジーを殺す。撃って捕って食べる。干し肉にして売る。ボッソウの場合,2013年9月に3人の大人のチンパンジーが突然,同時に姿を消した。テュア(男性. 図2),パマ(女性),ペレイ(男性)である。チンパンジーの男性は生まれた群れに残るし,女性も,パマのように50歳を超えて群れを出ていくことはない。状況証拠が示す可能性はひとつ,人間が3人のチンパンジーを殺したということだ。こうした不審な失踪例として,2011年のヨロ(当時の第1位の男性)のケースもある。考えられる原因としては,前述のようなチンパンジーによる農地荒らしや,殺された人間の側の復讐もありうるだろう。

殺すということの起源

人間は人間を殺す。殺人の研究によれば,年間人口10万人あたり,最も多い国で毎年約90人が殺され,日本はきわめて少なくて約0.8人だ。同じような統計にのせるために,チンパンジーの152例の同種殺しを評価してみた。調査した年の個体数を,調査した年数だけ総和する。ここでは概算で,1群れの個体数の年平均を50~100人と想定しよう。今回の22調査地の426年間で,2万1300~4万2600人年の観察があったことになる。そこで152例の殺しがあったので,人口10万人あたりでは178~356人程度になる。

もちろん,人間でも戦争とかホロコーストを考えると,殺人率はもっと高くなるだろう。ちなみに日本の総人口の推移を見ると,順調に増えてきて,戦争でガクっと減った。昭和19年に7443万人だったが,昭和20年に7214万人になっている。自然な生死での増減をゼロと仮定すると,最大で年間229万人が戦争で犠牲になったことになる。人口10万人あたりでみると,3077人だ。チンパンジーで示された,死に到らしめる攻撃性の約10倍程度ということになる。

チンパンジーと同じ祖先をもつボノボでは,これまでにわずか1例しか殺しが見つかっていない。チンパンジーの攻撃性は,そして人間のそれはどこから来るのだろう。20世紀の戦争で,一度に何百万人という犠牲者のホロコーストやジェノサイドがあった。今も各地で人殺しが続いている。殺すというチンパンジーの行為をさらに深く知ることで,人間の本性と,求めるべき平和の姿について考えてみたい。



図2: ボッソウの主のような存在だった男性テュア (撮影:大橋岳)
この記事は, 岩波書店「科学」2014年11月号 Vol.84 No.11 連載ちびっこチンパンジー第155回『チンパンジーがチンパンジーを殺す:152例の報告から』の内容を転載したものです。