動物園で勉強のようすをみせる

京都市動物園では,チンパンジー,ニシゴリラ,シロテテナガザル,マンドリルの4種の霊長類が,数字の順序を覚える「勉強」に参加している。タッチモニター上のでたらめな位置に提示されるアラビア数字を,小さい順に触っていくのが課題だ。正しく触るとその数字が消えていく。すべての数字を順々に触って画面から消すことができれば,「せいかい(正解)!」と画面に表示され,ごほうびにりんご片がひとつもらえる。途中で間違えた数字に触ると,ブザーが鳴って,最初の画面に戻ってしまう。

動物園でこの課題をする理由は3つある。第1には,動物園では多様な種の霊長類を飼育しているので, 同じ課題を異なる種の間で比較ができるからだ。

第2には,この勉強の様子を来園者に公開することで,動物たちの知性を知ってもらうことができるからだ。チンパンジーの知性の高さは,多くの人に知られている。しかし同じことをテナガザルやマンドリルがやっているのを見ると,たいていの人は驚く。そして彼らにも高い知性が備わっていることを知ってくれる。

第3は,環境エンリッチメン卜だ。その種が本来もつ能力,とくに認知能力を発揮できる環境を整えてやることを「認知エンリッチメント」と呼ぶ。京都市動物園の数字系列の勉強は,そのひとつの形だといえる。必ずモニター上に白い円(○)が提示された画面から始まる。「問題ください」という意味の記号だ。円に触れると数字が提示される。画面に触らなくても,動物たちには何も悪いことは起こらない。別な遊びをしたければそれでよいし,寝ていてもよい。無理強いはしない。まったく自由なのだが,勉強の時間は,たいていは誰かが謀題に参加している。

そんな勉強に,昨年から2人の新たな参加者が加わった。ニシゴリラのゲンタロウ。2011年12月21日生まれの男の子。もうひとりは,チンパンジーのニイニ。2013年2月12日生まれの男の子である。

ゴリラのゲンタロウ

ゲンタロウは,2014年4月に,「ゴリラのおうち~樹林のすみか~」という新しい施設に移ってから勉強を始めた。2歳5カ月のときだ。前の施設には勉強する場所がなかったが,新しい施設には,勉強のためのタッチモニターが備えつけられた部屋があった。そこで,まず施設に馴れ親しませた。

2014年5月6日から勉強を始めた(図上)。コンピュータを起動して画面に白い円を出してやると,ゲンタロウはすぐに画面に触りだした。その日のうちに学習が進んだ。白い円に触る。数字の1に触る。正解を知らせる画面, 音とともにごほうびのりんご片が出てくる。それらを理解した。

勉強の最初は,誰もが正解できるように,数字は「1」だけを出す。だから必ず正解だ。ごほうびがもらえる。ゲンタロウはすぐに勉強が気に入ってくれたようだ。画面に触るのも,最初は画面をこぶしで叩いて手探りするように触っていたが,円や数字に指で触る方が正確だということをすぐに学習した。数字を1-2,1-2-3, 1-2-3-4と増やしても,すぐに覚えてしまい,勉強を始めて半年が過ぎる頃には,数字は1から9まで,9つの数字の順序がわかるようになっていた。そして2015年3月の時点では, 10を加えた10個の数字の順序まで学習できている。



図: 勉強中の二シゴリラのゲンタロウ(上)と,勉強時間中に大人と遊ぶニイニ(下)。

チンパンジーのニイニ

ニイニは,生後間もなくから,母親のコイコをはじめとして,周りの大人が勉強する様子を見て育った。そして生後10カ月のときには, 自分から画面に近づき円や数字に触れ始めた。

そこで,ニイニ用に数字の1だけから始まる課題を用意した。勉強の開始だ。しかしこちらはゲンタロウほど熱心ではない。たまに1回,2回触れたかと思ったら,そこでおしまい。何日も興味を示さなかった。ほかの大人たちと遊ぶことに夢中だ(図下)。

それでもわずかな機会で,学習は進み,問題を始めて2カ月後, 4月にようやく1-2を覚えた。しかし勉強するペースは変わらず,次の1-23を覚えるのにさらに約7カ月かかった。そしてそれから5カ月経とうとしているが, 1-2-3-4の学習はまだ進んでいない。

2014年に勉強を始めた2人のちびっ子だが,勉強の進み方は対照的だった。ただし,学習に要した問題数だけを比べると, じつはゲンタロウとそれほど変わらない速さでニイニの学習は進んでいることがわかった。要するにやる気の違いだ。

ゲンタロウが1日100問,200問とこなしているのに対して,ニイニは多いときで5O問しかしない。1問もせずに勉強時聞が終わる日もある。

種差というより,勉強を始めたときの年齢が大いに関係すると思う。早ければ早いほどよい,ということではなさそうだ。適切な時期,つまり「臨界期」がある。また,勉強を取り巻く周りの環境も影響していそうだ。ニイニの周りには,母親のコイコをはじめ大人のチンパンジーたちがいて,みんながニイニに遊びかける。喜んで相手をしてくれる。大人はやがて子どもの相手に飽きて勉強を始める。ニイニは,今度はひとりで壁によじ登っては飛び降りる遊びに興じだす。2歳の男の子の遊びは,身体を使った荒っぽい遊びだ。勉強よりもずっと楽しそうだ。

しかしやがて勉強に取り組むようになるだろう。そういう日が来ることを信じて,見守っていきたい。ニイニ用の問題は,いつでも用意して待っている。

この記事は, 岩波書店「科学」2015年5月号 Vol.85 No.5 連載ちびっこチンパンジー第161回『勉強するゴリラの子,勉強しないチンパンジーの子』の内容を転載したものです。