カメラトラップをのぞき込む野性チンパンジー
図1: カメラをのぞき込むジェジェ。

エボラ出血熱の流行

2013年12月に始まった西アフリカにおけるエボラ出血熱の流行は未だ終息していない。ギニア・リベリア・シエラレオネの3カ国では,2015年6月14日までに2万7305人が感染し,1万1169人の命が失われた。1976年からチンパンジーの長期野外調査が続くギニア・ボッソウ村の近隣でも感染者が見つかった。ボッソウのチンパンジーは1集団9人のみで,この地域集間が絶滅の淵にある。加えて,遺伝的にヒトと最も近縁なチンパンジーは,ヒトを介してさまざまな感染症にかかかり,命を落とす危険がある。特に推定で50歳を越えた老齢の4人は,病気にならないことが何よりも大切だ。エボラが蔓延する状況では,調査によってチンパンジーにヒトの感染症をうつすことがないよう万全を期する必要がある。

そこで「カメラトラップ」と呼ばれる無人動画撮影装置を利用してチンパンジーの安否を確認することにした。動物がカメラに近づくと自動で動画を1分間記録する仕組みだ。動物がカメラの前に一定距離で滞在すればこれを何度も繰り返すので,一連の行動を記録できる。長年の調査から,チンパンジーがよく利用する場所や通る道はわかっているため,確実に撮影できる。チンパンジーとの遭遇を極力避けるために,カメラを保守するときだけ森に入るようにした。ギニア政府が「保健衛生に関する国家非常事態宣言」を発出する直前の昨年7月までには,カメラ18台による無人のチンパンジー監視体制を整えた。

無人カメラに映る自然な姿

ボッソウの森に初めてカメラトラップを設置したのは昨年1月のことだ。当初,チンパンジーがカメラを壊すのではないかと心配した。実際には,チンパンジーは興味を示してもカメラをのぞき見る程度だった。ジェジェという17歳の男性がカメラを初めて見た時のこと。カメラに気づいて接近し顔をゆっくりと恐る恐る近づけた。と,次の瞬間大きくのけぞった。どのチンパンジーも,壊すどころか,カメラに触ることもしない。チンパンジーは好奇心旺盛だがとても用心深い。

それでも慣れてしまえば,無人カメラの前で自然な行動を見せてくれる。調査者がつかず離れず後を追跡する直接観察では,人間の存在に十分慣れた後でさえチンパンジーは警戒して人間を避けることもある。昨年7月,ヨという推定53歳の女性を1カ月ほど観察できなかった。以前から警戒心が強かったが,老齢なので健康状態を心配していた。「もしや.....」という不安が頭をよぎった。ある日,回収した映像を見ていると,カメラから遠ざかるチンパンジーの後ろ姿が記録されていた。「ヨだ。」とすぐに気づいた。しかも,しっかりとした足取りで歩いている。行方知れずになって31日日,カメラの映像から元気だと知った。9人のチンパンジーは今も変わらず健康に暮らしている。


図2: Antiaris africanaの板根を足で踏み鳴らすフォアフ。

見えそうで見えない

熱帯林の高木の中には,根を衝立のように大きく発達させた「板根」で幹を支えているものがある。板根は叩くと音がよく響くため,チンパンジーは自身の存在を誇示するディスプレイのときに板根をリズミカルに叩く。決まったところの板根を通りすがりに叩いたりするのだが,こちらはチンパンジーの一団の最後尾について歩くので,たどり着く頃には終わってしまうこともある。観察できるかどうかは運まかせだ。カメラトラップなら,こうした行動を至近距離から鮮明に記録できる。ジェジェは毛を逆立て,口をとがらせて「フー」という声を繰り返し発した後,「ウォー」という雄叫びとともに足で何度も板根を踏み鳴らした。ファナは,左手が麻簿して不自由な推定58歳の女性だ。やはり毛を逆立てて興奮したディスプレイのとき,右手だけで,板根の縁を持って体を支えて板根を踏み鳴らした。臆病なヨだが,板根を叩く時は勇ましい。3歳の男子であるファンワも,ファナやヨと同じ板根を叩いたが,やり方はだいぶ違っていた。毛を逆立てる興奮した様子ではない。力なく,手で「ペチ,ペチ,ペチ」と叩いた。たわいもない遊びだが,音を立てる動作に注目していて,足の代わりに手を使って工夫した。ファンワの成長を見守ることで,板根を叩く動作に付随するコミュニケーションの機能をいつ頃から理解し,他のチンパンジーと情報交換するようになるのか発達過程を知ることができるだろう。

研究が育む保全の心

これまで見ることができなかった行動を細密に記録できるカメラトラップには,大きな可能性がある。しかしボッソウのチンパンジーが絶滅すれば,その行動を知る機会は完全に失われる。絶滅から救うため,人間活動で分断されたボツソウの森を4km離れた世界遺産のニンバ山と植林で結ぶ「緑の回廊」と呼ぶ植林事業に取り組んでいる。ニンバ山にチンパンジーが多数生息しているので,森がつながれば,女性の移籍などで人数の増加も期待できる。1997年から試行錯誤を重ねて,昨年ついに荒野に植樹する技術が確立した。エボラの流行によって日本人は1年近くボッソウに行くことができないでいるが,活動は停滞しない。野生チンパンジー調査でともに働いた村人だけで6000株の苗を育て,植林地の雑草を刈り,チンパンジーの監視を続けている。調査で培った技術や経験は確実にボッソウの人々に浸透し,チンパンジーを守る力となって芽吹きはじめている。

この記事は, 岩波書店「科学」2015年8月号 Vol.85 No.8 連載ちびっこチンパンジー第164回『カメラトラップ:チンパンジーを見守る“目”』の内容を転載したものです。