狩猟採集民バカ・ピグミーの親子
父親のロンベルと子どもたち。 右端は長女とその乳飲み子,つまり孫。最前列も孫。

カメルーンの狩猟採集民バカ・ピグミー

毎年,12月から1月にかけて,アフリカに行っている。1986年に初めてギニアのボッソウに行ってから,ちょうど30年を迎えた。今回,カメルーンからギニアへと旅することで,初めて狩猟採集民バカ・ピグミーの暮らしを見て,野生チンパンジーと対比して理解することができた。

狩猟採集民というのは,1万年ほど前に農耕が始まる以前の暮らしを今に伝える人々である,定住せず,狩猟採集で生活する集団だ。アマゾン川流域の人々,北極圏のイヌイット(エスキモー),パプアニューギニアの高地人,オーストラリアのアボリジニ,アフリカ南部の砂漠にすむブッシュマン,タンザニアの大地溝帯の塩湖の周りに広がる平原に暮らすハッザなどの存在が知られている。

なかでもピグミーは,アフリカの熱帯林にすみ,同じ場所にゴリラとチンパンジーも暮らしている点で興味深い。同じ森にすんでいるのに,人間はチンパンジーやゴリラの暮らしとどこが違うのか,日本の約9倍もの広さをもつコンゴ盆地の東から西に,ムブティー,エフェ,アカ,バカの部族が知られている。今回はカメルーン東南部のバカ・ピグミーを見に行った NHKの撮影に同行して,主に親子関係を見た。

伐採道路から2時間ほど森を歩き,テンゲという集落を訪れた,9家族55人が暮らしている。ロンベルとメンゲという夫婦に着見した(図)。年齢はともに推定40歳くらい。子どもを9人産んだが,4人が幼少期になくなって5人が生き残っている。長女ンバは20歳くらい。歯の生え方をみて年齢を推定した。

人間を特徴づけるものとして,よく「おばあさん仮説」が言われる。つまり,女性は閉経して自分の子どもを産まなくなる代わりに,子どもの子ども,つまり孫の世話をするように進化してきたという。チンパンジーの女性は10歳代前半から産み始めて,20歳,30歳,40歳代でも子どもを産み,最大寿命に近い50歳くらいまで産み続ける。つまり,年寄りの女性はいるか「祖母」という社会的役割はない。

ところが,メンゲの一番下の子はまだ1歳だ。一方,長女のンバは4歳の男の子と3ヵ月の男の子をもつ。つまり母も娘も,同時に乳飲み子を育てていた。教科書的な理解と現実は違っていた。


母親のメンゲと1歳の息子。
焼きバナナの離乳食を与えていた。

野生チンパンジーとの際立つ違い

バカ・ピグミーの子育てが明らかにチンパンジーと違うこととして,以下の点に気づいた。第1に,父親が子育てに積極的に参加している。おとなの男は森にしかけたわなを見回りに行ったりもするが,そうした労働時間は1日平均4時間ほどだ。,あとは日陰で話したり,子どもの相手をしたりして過ごす。

第2に,明確な夫婦と呼べる1対の男女の結びつきがある。チンパンジーも複数の男女が数十人から100人くらいで集団生活している。集団規模に大差はないが,その内部に夫婦と呼べる特別な結びつきはない。人間は,基本的には夫婦が協力し合って子どもたちの面倒を見て,それらが集まった重層的な社会になっている。

第3に,ヘルパーが存在する。野生チンパンジーの出産間隔は約5年,つまり5歳になると弟妹ができる。その子守をして一緒に遊ぶ兄姉の姿を見ることはある。でも,人間にしか見られないこととして,ヘルパーと呼ばれるお手伝いさんがいた。ンバは息子が2人いてしかも下の子が3カ月と小さいので,彼女の従妹が隣村から手伝いに来ていた。まだ12歳くらいの少女である。子育てを手伝うことで,若い女性がやがて母親となる経験と知識を身につけているのだろう。

第4に,離乳食がある。バカも定住化か進み,集落の周囲には主食となるブランデンバナナが植えてある。火で焼いて食べる。母親メンゲが1歳の息子に,この焼きバナナをさまし,指でほぐして与えていた。チンパンジーに離乳食はない。

第5に,女性たちによる共同作業がある。ちょうど「かいだし漁」のようすをみることができた。チンパンジーは集団で暮らしてはいるが,母親のあいだの助け合いや共同作業はない。それぞれが食物を探し,それぞれが子どもに乳を与える。バカの女性は総出で近くの川に行って,盛り土をしてせき止め,ヒボフリナムという幅広の葉を道具にして水をかいだす。川底に残った小魚やエビやカニを集めてキャンプ地に戻る。

第6に,分かちあうという行為が普遍的にある。顕著なのは仕留めた動物だ。チンパンジーもその群れの文化によっては,シカやイノシシやサルを捕って食べることが知られている。しかし捕まえたその場で消費される。人間は,獲物をキャンプ地に持ち帰って,女性や子どもを含め基本的には平等に分ける。

想像するちから:思いやりと分かち合い

人間を際立たせているのは想像するちからだ。ではそれは実際に何のために,どのように使われているか。「思いやり」と「分かちあい」に端的に表れていると思う。だれかのためにする。手を差し伸べる。男女が寄り添って暮らしつつ,男同士が,女同士が協力する。

チンパンジーでは,一度群れを離れた若い女性は基本的には二度と元の群れに戻らない。ところが人間は,血族や姻族が,たとえ一時離れていても頻繁に行き来する。

翻って,現代の日本の社会を考えた。まず父親は働きすぎだろう。子どもと過ごす時間が少ない。夫婦の関係も希薄だ。

モングルと呼ばれるドーム型の家は質素で,持ち物はほとんどなかった。3畳ほどの広さで,焚火の熾きが常にある。その横にござを敷いて夫婦が寄り添って眠る。きょうという日が,同じ明日という日に続く。つつましい暮らしを垣間見た。

この記事は, 岩波書店「科学」2016年3月号 Vol.86 No.3 連載ちびっこチンパンジー第171回『カメルーンからギニアヘ:狩猟採集民と野生チンパンジーの暮らしの比較』の内容を転載したものです。