「緑の回廊」がつなぐ森と人

森村成樹『「緑の回廊」がつなぐ森と人』(出典:岩波書店「科学」2016年5月号 Vol.86 No.5 連載ちびっこチンパンジー第173回)

エボラの終わり

2015年12月29日に世界保健機関から終息宣言が出て,西アフリカのギニア共和国で猛威をふるったエボラ出血熱の流行は終わった。 2014年8月以降,ボッソウの森に生息する野生チンパンジーの調査は長らく停滞したが, 2015年12月,2人の日本人(松沢哲郎さんと筆者)が訪れて,調査は再開された。といっても,ボッソウの様子はだいたい把握できていた。2014年7月,「カメラトラップ」と呼ばれる無人動画撮影装置を森に設置し(第164回参照),チンパンジーのようすを記録し続けた。現地のガイドが撮影した動画を分析して,チンパンジーの観察記録をつけ,その結果を毎週電子メールで日本へ報告してくれていたのだ。

ボッソウに着いてすぐ、フランレという7歳になるチンパンジーの男児を探した。ガイドは2015年10月頃から異変に気がつき,フランレの姿が見えないと連絡してきていた。毎日山に入って探し続けたが,フランレは見つからなかった。幸い,カメラトラップによってフランレの姿は映像で残っており,過去の様子を知ることができた。8月21日がフランレの姿を確認できた最後の日だった。お婆さんにあたるファナの背に乗ったままじっと動かない。腰骨が浮いており,何らかの病気が疑われた。そのまま森の奥に消えていった。ファナが最期を看取ったのだろう。

エボラの流行前には9人だったチンパンジーが,終息したときには8人となった。ボッソウのチンパンジーは減り続けており,保存林内では村人の違法な伐採や耕作が後を絶たない。エボラが流行していても,チンパンジーの保全活動を中断するわけにはいかない。ボッソウのチンパンジーを守るため,サバンナと畑に囲まれて孤立しているボッソウの森を,4km離れた世界遺産の二ンバ山の原生林と植林でつなげる「緑の回廊」と呼んでいる植林活動をおこなってきた。ガイドと電子メールで相談をして,苗木7000株を植樹しようと取り決めた。

12月29日,緑の回廊を訪れると,計画通り苗木が植えられていた。やや乱雑な植え方で,枯れている苗木も少なくない。膝丈ほどの雑草に埋もれて,息苦しそうなものもあった。それでも十分なできだった。エボラで外国人がボッソウに近づくことができなかったあいだ,現地スタッフだけで努力を積み重ねたことは確かだ。エボラの騒動をきっかけに,緑の回廊の活動をボッソウの村人が自立して運営する道が開かれた。


気根4年,結実8年

サバンナに植えているのは主にウアパカ(Uapaca guineensis)である(図1)。チンパンジーが利用する樹木は湿潤な熱帯雨林に生える植物が多く,サバンナで育てるのは容易でない。試行錯誤の末,2007年に「東屋方式」が大橋岳さんによって考案された。サバンナに縦5m横10mの東屋を建て,その下に100株ほどの苗木を植える。ヤシの葉で屋根を葺くので,強い日差しから苗木を守ってくれる。1年もすれば東屋は朽ちてしまうが,その頃にはウアパカの葉も肉厚になり,サバンナで十分生育できる。

東屋方式の植林が48地点にまで増えたことから, 2016年1月,生育状況を調べた。苗木は順調に生育して,37地点で高さ4~10mの小さな林となっていた。植えてから4年が過ぎると幹の根元から気根がたくさん伸びはじめる。やがて地面に到達して,木を支えるとともに,地面の栄養を効率よく摂取できるようになる。8年が過ぎる頃,ウアパカの花が咲き,実をつけはじめる。気根の発達は結実と密接に結びついていて,気根が生えていないと結実しない。野火によって気根が焼かれれば,結実は難しくなる。8年ごとに親木の根本で次世代の苗木が育つというサイクルで,気の遠くなる年月をかけて森はゆっくりと広がっていく。


森は文化

ボッソウに残る8人のチンパンジーのうち,半分が推定50歳を超える。絶滅が差し迫って感じられる。ボッソウの村人はチンパンジーをトーテムとして崇拝して,殺したり食べたりすることはない。こうした伝統も,チンパンジーとともに消えてしまう。絶滅に瀕する動植物を守るためのどんなにすばらしい方策であっても,ボッソウの村人の手による活動でなければ継続は不可能だ。外国人は,エボラのような感染症が流行するたびに自国に帰ってしまう。マシェット(山刀)を持った村人ひとりあたり,1日幅5m長さ10mの範囲でサバンナの草を刈ることができる。 300日働けば,3kmになる。緑の回廊で働く村人は8人いるので,ボッソウとニンバをつなぐ4kmの植林は必ず実現できる。エボラの後,緑の回廊の植林地にカメラトラップを仕掛けたところ,サバンナモンキーと思われる霊長類の撮影に成功した(図2)。ニンバ山を源流とする小川沿いに広がる河辺林にそって,緑の回廊までサルがやってきているのだ。緑の回廊が,ボッソウの村人と森とのつながりを守る存在になりつつある。



図1: 2008年に植えた苗木は大きく生長して林となっている。

図2: ニンバから伸びる河辺林を通ってやってきたサル
この記事は, 岩波書店「科学」2016年5月号 Vol.86 No.5 連載ちびっこチンパンジー第173回『「緑の回廊」がつなぐ森と人』の内容を転載したものです。