マレボのボノボ
図1: マレボのボノボ。撮影:山本真也

サバンナを利用するボノボ

サバンナにボノボがいると聞いたとき,耳を疑った。ボノボは熱帯雨林の奥深くにいるものだとばかり思っていた。私がこれまで見てきたワンバ村のボノボは,アマゾンに次ぐ大きさを誇るコンゴ盆地熱帯雨林のほぼ中央に住んでいる。コンゴ民主共和国の首都キンシャサから,見渡す限りの森の上をチャーター機で4時間飛び続け,さらにその先バイクで4時聞かけてたどり着く奥地である。ボノボはコンゴ民主共和国の固有種で,その多くは,ワンバのような深い熱帯雨林に生息していると考えられている。しかし分布域も生息数も正確にはわかっていない。実際,見せてもらった映像には,木もまばらなサバンナを移動するボノボの集団がたしかに映っていた。

そこはマレボと呼ばれる,キンシャサから北東に約250km,コンゴ川の本流にほど近い地域だ。サバンナと森がモザイク状に混在している。ワンバと大きく異なる環境に住むボノボに興味をひかれ, 2015年9月と2016年3月に現地を訪れた。コンゴ川をボートで2日かけて遡る。途中,川辺の砂浜に蚊帳を張って寝たときの星空がきれいだった。

新しい調査地マレボ

マレボの森に入って最初に驚いたのが,地面に積もり重なった落ち葉がカサカサに乾いていたことだ。ワンバでは湿地に足をとられて苦労することが多かったが,マレボでは落ち葉に足を滑らせて転びそうになることがたびたびあった。また,マランタセと呼ばれる大きな葉の草本が薮をつくっている。熱帯雨林の原生林と聞くと鬱蒼としたジャングルを思い浮かべる方も多いが,ワンバのような深い森だとむしろ下草は少ない。樹冠が閉じているため太陽の光が地面まで十分に届かず,下草が育ちにくいのだ。それに対しマレボの森では日がよく差し込むおかげで薮が広がるようだ。

ボノボは20mほどの距離から観察することができた。現地NPOがエコツアーのために馴らせていたため人をあまり怖がらず,私たちを興味深げに見つめていた(図1)。マレボ地域には複数のボノボ集団がいる。そのうち, ンカラ村の森に住む1集団14個体とペルの森の1集団16個体を確認した。ンカラ集団にはオスが7頭・メスが5頭いて,メス2頭は赤ちゃんを連れた母親だ。ペル集団はオス6頭・メス8頭の構成で,同じくメス2頭が赤ちゃんを抱いていた。ビデオに撮り,調査基地に戻ってから現地ガイドと一緒に何度も見直し,顔や身体の特徴を確認する。大きなオスはジョイ,赤ちゃんを連れたメスはダンボというように,全個体に名前をつけた。日頃森でボノボを見ているガイドたちも,今まで気づかなかった特徴を見つけたりと,映像に興味津々だ(図2)。

このようにして観察にも慣れてきた頃,ボノボがサバンナに出てきた。先頭はジョイのようだ。母親におんぶされた赤ちゃんを含めて7個体が後に続いた。ときどき二足で立ち上がって周りの様子を窺っている。サバンナには身を隠せるような場所はほとんどなく,登れるような高い木も少ない。少し緊張していたのかもしれない。このときは特に何をするわけでもなく,足早にサバンナを抜けて,100mほど先の森に消えていった。

ボノボの個体識別を現地ガイドとおこなう
図2: ビデオ映像を使ってボノボの個体識別を現地ガイドとおこなう。撮影:新宅勇太

環境が及ぼす影響

このような環境が,ボノボの行動や社会にどのような影響を及ぼすのだろうか。ワンバでは,果物の豊富な森でボノボが食物を分け合う行動をたくさん見てきた(連載第127回参照)。豊かな環境が食物分配という協力行動を育んだ可能性がある。ワンバでよく分配されていたボリンゴという大きな果物は,マレボにもあることが確認できた。サバンナ混交林に住むボノボがどのような協力社会を築いているのか,これからの研究で明らかにしたい。

森の中にも面白い場所を見つけた。ワンバではまず見かけない石がマレボにはある。アブラヤシの種も近くに落ちている。私も調査しているギニア共和国ボッソウ村のチンパンジーなら,喜んでナッツ割りをするような場所だ。台石とハンマー石を使って固い殻の種を割り,中の核を取り出して食べる。それに対して,野生のボノボが食物を得るために道具を使用したという報告は皆無に等しい。しかし,これまでのボノボ研究は,食物の豊富な熱帯雨林での観察がほとんどだった。ほかに食べるものがたくさんある環境では,道具を使う必要性がないのかもしれない。そもそもワンバには石自体がない。環境が異なれば,ボノボも道具使用をするかもしれない。

今回の調査では,石のある場所にトラップカメラを仕掛けてきた。カメラの前に動物が来ると,センサーが感知して自動で撮影してくれる。たとえナッツ割りをしなくても,マレボのボノボがアブラヤシの種と石に対してどのような反応を示すのか興味深い。ほかにも,チンパンジーであれば枝を使ってアリ釣りをするであろうシロアリの塚や,葉のスポンジを使って飲むであろう水のたまった木のうろにもカメラを仕掛けてきた。結果は数か月後のお楽しみである。

まだ本格的な調査を始めたばかりのマレボではあるが,宝探しをするようなワクワク感がある。

謝辞

マレボでの野生ボノボ研究は,京都大学野生動物研究センター・伊谷原一教授,新宅勇太博士,WWFジャパン・岡安直比博士,キンシャサ大学,WWF,現地NPOらとの共同研究としてスター卜した。

この記事は, 岩波書店「科学」2016年6月号 Vol.86 No.6 連載ちびっこチンパンジー第174回『サバンナ混交林に住むボノボ』の内容を転載したものです。