アマゾンの新世界ザル

松沢哲郎『アマゾンの新世界ザル』(出典:岩波書店「科学」2016年7月号 Vol.86 No.7 連載ちびっこチンパンジー第175回)

アマゾンの熱帯林

世界の三大熱帯林のひとつと呼ばれるアマゾンを見に行った。アフリカのコンゴ盆地,東南アジアのボルネオはすでに見たことがある。これで3つとも全部見ることができた。

アマゾンのユニークなところはその広大さだ。理科年表によると,川の長さは約6516kmで,ナイル川に次ぐ世界2位。世界最大の流域面積は約705万km2で,日本の国土の約18倍にあたる。今回は中流域のマナウスを訪れた。広大な地域の水を集めるので,乾季と雨季の水位差が10メートルにも達する。浸水林という,雨季には水浸しになる森をみることができた。

国立アマゾン研究所(INPA)の研究者の案内で,船外機つきのカヌーでアマゾン川に漕ぎ出した。対岸が見えない。途方もなく広い大海原という感じだ。行けども,行けども,向こう岸が見えない。河口部では幅300kmもあるといわれている。つまり直線距離で東京から名古屋よりも遠い。遠目に黒く点のように見えるものがあり,近づいてみると甲板から4階建ての巨大な旅客船だった。

浸水林をカヌーで行くときは,船外機を止めて静かに手漕ぎする。リスザルの群れに遭遇した。樹冠がつながっているので,樹から樹へと自由に渡っていける。ボルネオのマングローブ林も同じように水につかっているが,これほど広くない。コンゴ盆地もザイール川ぞいの森は浸水しているが,これほど深くはない。われわれが「森」として認識するものの地面の部分がすべて水という,常識を覆す一種異様な雰囲気の森だった。


新世界ザル

アマゾンには「新世界ザル」と呼ばれる一群のサルがいる。ユーラシア大陸やアフリカ大陸という旧世界にすむサルと対置される。リスザルのほかに,サキ,タマリン,ウアカリ,ウーリーモンキー,ホエザルという3科6属のサルをみることができた。

新世界ザルに共通した特徴がある。旧世界ザルが狭鼻猿(きょうびえん)と呼ばれるのに対して,広鼻猿(こうびえん)と呼ばれ,鼻の2つの穴の間隔が広い。かつ鼻の穴が下向きにではなくて外側に向いている(図1)。その理由はわからないが,彼らが同じ祖先をもつ証拠だ。

尻尾が面白い。霊長類に共通する特徴として4つの手がある。四肢の末端で自由に木の枝を握れる。しかしウーリーモンキーの尻尾は「第5の手」だと言える。尾だけで枝や幹をつかんで全体重を支えることができる。尾だけでつかまって4つの手が自由に使える(図2)。

クモザルもそうだ。公益財団法人日本モンキーセンターの附属動物園の呼び物のひとつで,園内の空中回廊を自由に行き来する。観客の頭上で尾だけでぶら下がって,飼育員が投げ上げた食べ物を4つの手でじょうずにとらえる。この自由な尻尾が,新世界ザルの中でだけ特異に進化してきたことを実感した。

新世界ザルは,アフリカから渡ってきたと考えられている。今から3000万~4000万年前のことだ。そのころは,アフリカ大陸と南米大陸を隔てる海が狭かった。今でも,南米の東端は大きく東に出っ張っていて,アフリカの南西部はギニア湾によって大きくえぐれている。両端をあわせてみるとジグソーパスルのようにぴたりとくっつく。大陸移動説に納得する形をしている。

旧世界と新世界のサルは,数千万年という長い期間にわたって隔絶され,独自な進化を遂げてきた。旧世界には,チンパンジー,ゴリラ,オランウータンそしてヒトというヒト科4属がいる。大型で,尻尾のないサル,それがヒト科だ。新世界では,尻尾が残って特異な進化を遂げ,ヒト科に相当する霊長類は生まれなかった。なぜだろう。浸水林のような水浸しの環境では,樹上に住処を求めた霊長類の共通祖先が地上に降りるのはたやすくない。森林がサルを育んだ。そして森の外に広がる乾いた大地があったからこそ,人類は生まれたのかもしれないと思った。


アマゾンの特異な生き物

INPAの観察用の小さな森にナマケモノがいて,近くで観察できた。有毛目に属する。姿は一見サルに似ている。四肢で木にぶらさがったまま動かない。顔がまるく平らで表情に乏しい。指の数が2本か3本と少ないので,外見上容易にサルと区別ができる。後足でぶらさがって両手を快活に動かし,体をぼりぼりとかくようすを見た。「へえー,こんなに動くんだ」と思った。

野生のアマゾンカワイルカのジャンプするようすも二度見たが,同じ水生ではマナティーが興味深い。海牛目で,その最小種がアマゾンマナティーである。マナティーは中南米と西アフリカの海にいるが,アマゾンのものは陸封された。体長250~300cm。体重350~500kg。鼻の穴が前方に開口している。尾びれはしゃもじのような形だ。

繁殖させて川に戻すプロジェクトがあり,水槽で飼われていた。門歯が無い。臼歯のみで,歯は後方から永続的に生えて,歯列が前方へ移動し,前方の歯から抜け落ちるそうだ。手を差し出してみた。なるほど歯が無いと実感できた。食べ物も水草だけだ。大量のレタスをゆっくりと食べていた。

あらためて気が付くと,この広大な新世界に人類はいなかった。まったく無人の世界でさまざまな動植物が進化した。約2万年前に,サピエンス人がベーリング海を渡って北回りで無人の大陸に進出し,さらにアマゾンへと南下していった。まったく見知らぬ生物に出会いながらの,新鮮な驚きに満ちた旅だっただろう。アマゾンを旅しながら,人類のたどってきた道に想いを馳せた。


謝辞

同行してくださった武真祈子さんと市山拓さん,旅の手配をしてくださった湯本貴和先生に感謝します。 


図1: ウアカリ。新世界ザルに共通の特徴で,鼻の穴が横向きについている。

図2: 尻尾だけで木につかまるウーリーモンキー。尾が第5の手だ。
この記事は, 岩波書店「科学」2016年7月号 Vol.86 No.7 連載ちびっこチンパンジー第175回『アマゾンの新世界ザル』の内容を転載したものです。