Credit: Primate Research Institute, Kyoto University
図: 同室してのリハビリの合間にカメラに手をのばすレオ。撮影:兼子明久。

チンパンジー・レオが倒れてから今年で10年になる,2006年9月26日朝,24歳の男性レオが地面に横たわっているのが発見された。前日の夕食は普段通りに食べて,いつもと変わった様子は見られなかった。チンパンジーたちに朝食をあげにきた人が,部屋の入口前の地面に横たわるレオをみつけた。出血は少なく大けがをしたわけではなさそうだが,うまく体を動かすことができない。麻酔をして,治療室に運び,いろいろな検査をした。治療室の一角に設置されたチンパンジー用の治療ケージに急いでベッドの準備をして,レオを寝かせて麻酔がさめるのを待った。レオは目をあけたが,やはり首から下が動かない。脊髄の炎症による四肢麻痺だった。レオの長い闘病生活がはじまった。

ベッドを工夫したり,1日数回寝返りをさせたり,体圧を分散させるために手足を吊ったりしたが,レオの全身にたくさんの床ずれができて,見るからに痛そうだった,その治療などのため,週に数回の麻酔も必要だった。しかし,レオの意識はしっかりしていて,首から上は元気なときのレオのままだった。腕がまったく動かせなかった時には,点滴をして栄養を補っていた影響か,あまり食欲がないようだった。それでも,信頼関係ができている人からであれば食べたり飮んだりする。そうでない人からは食べ物を受け取らず顔を背けたり,水を口に入れても飲み込まずに人の方に吹きかけてきたりする。体は動かせなくても,自分の意志がはっきりあって,性格もレオのままだ。

レオが寝たきりで,もし意識がなかったとしたら,欧米のように安楽死を選んでいた可能性もあったかもしれない。しかし,レオはレオのままで,毎日がんばって生きていた。レオの世話にかかわる誰も,レオを安楽死させようとは思わなかった。そして,少しずつ回復のきざしもみられはじめた。まず,点滴をしていた腕が動かせるようになった。抵抗して暴れるので,人が寝返りをさせるのも難しくなった。腕の力が回復してくると,一瞬だけ自分の体を持ち上げられるようになった。

発症から10ヵ月で,レオは腕の力だけで体を起こすことができるようになった。11ヵ月になると,自力で体を起こして,しばらく座ることができるようになった,ただし,そばに人がいて,励ましてくれる時だけだった。14ヵ月になると,人がいない状況でも,体を起こして座れるようになった。こうして寝たきりの状態を脱すると,床ずれの傷はどんどん小さくなっていった。

レオが腕の力で動けるようになると,小さな治療用ケージでは狭すぎた。発症からおよそ2年半で,レオを広いリハビリルームに移動させた。広い部屋には,今までと同じようにベッドを置き,ロープなどもたくさん設置した。レオは,それまでに鍛えた腕の力を使って,ブラキエーション(腕渡り)で広い部屋の中を移動するようになった。人がいなくても,ほとんど体を起こしているようになった。ところが,寝たきりになって以来,狭いケージの中にいたためか,レオは何もない広い床の上に行くのを嫌がった。ロープや丸太,木の椅子などにつかまっていないと歩けない。もし倒れたらつかまるものがないので,体を起こせなくなるのでは,と怖がっているようにみえた。足の関節も曲がったまま固まっている。

レオには,他のチンパンジーたちと同じように,足を使って歩けるようになってほしい。そこで,レオが若いころにしていたコンピューター課題を取り入れて,歩行のためのリハビリプログラムを考えることにした。ところが,レオは最初うまくタッチパネルに触ることができなかった。どうやら久しぶりすぎて,画面を触るのが怖くなってしまったようだ。人が励ますと,一瞬だけ指先でつつくように画面を触るようになった。画面に出てきた問題に正解すると,2m離れたところにあるフィーダーから食べ物のかけらが1個出てくる。課題の難しさや,問題と次の問題との間隔などを,レオの行動をみながら細かく調整した。計7回の調整をへて,最終的にレオは,午前10時からと午後2時からの1日2回,1回100問ずつの認知課題を解くようになった。この最終設定の前後でレオの行動を比較してみると,課題のないときに比べて,課題をしているときに移動距離が増加した。また,課題をしているときには,足を使って床の上を歩く行動の割合も増えた。レオ用にカスタマイズされたリハビリプログラムが成功し(参考文献参照),それから6年半ものあいだ,足を痛めて一時的に課題をお休みする以外は,レオは毎日課題に参加してせっせと歩くリハビリを続けている。 

はじめは上半身もかたく平たい板のようで,レオはまるでペンギンのように体を左右に振ってよちよちと歩いていた。今では,手も補助的に使いつつ,やや背中を丸めて足を使って歩くようになり,スピードも速くなった。まだ他のチンパンジーのように動くことは難しいが,寝たきりのころに比べれば,よくここまで回復したと感心する。同室してのリハビリも含めて(図),多くの人がレオの回復を願って今も努力を続けている。

まだ他のチンパンジーと同じ空間ですごすことはできないが,月に数回,レオの部屋を他のチンパンジーが訪問して,格子越しに面会の場を設けている。レオはこの時間が楽しみなようで,準備のときからそわそわしているらしい。レオの熱い思いだけが空回りして,他のチンパンジーがつれない態度をとることもある。回を重ねることで,障害を克服しようとしているレオという存在が,他の仲間たちにも受け入れられる日がくることを期待している。

最後に,これまでレオにかかわったすべての人々に深く感謝する。甘える人という役割を筆者に与えてくれて,いつもかわいく耳そうじをせがむレオにもこの場を借りて感謝する。

この記事は, 岩波書店「科学」2016年8月号 Vol.86 No.8 連載ちびっこチンパンジー第176回『チンパンジー・レオの10年』の内容を転載したものです。