他者とリズムを合わせる

チンパンジーたちもヒトのようにダンスするのか?楽器を持たない彼らでも,思わず相手の行動にリズムを合わせながら楽しい時間を共有することはないだろうか?これは,この研究の出発点となる素朴な疑問であった。そして,その後5年間にわたって13人のチンパンジーたちと過ごしながら,筆者らはこの問いの答えを探し続けてきた。

彼らがあいさつがわりに見せるリズミックな動きを適切にまねると,彼らとの距離をちぢめることができ,より長い時間そばにいてくれることを発見した。我々はこのチンパンジー式のコミュニケーションを,クロエという1人のチンパンジー(娘クレオを持つお母さん)との間で多く体験した。彼女は私たちのような研究者が近づくと,口を閉じた状態で「ん・ん・ん」と声を出す。研究者も同様に「ん・ん・ん」と声を出す。それを何度か繰り返すと,「毛づくろいをしてくれー」と言わんばかりに,耳や頭を研究者の方に向ける。クロエは興奮したとき,両足を地面において上体を上下に動かしながら口を開いて息を叶いて吸っての動作,をくりかえす。このとき,研究者が同じような行動をすると,彼女の興奮は少し早くおさまるのだ。このようなクロエとのエピソードの中に,我々が探し求めていた答えがあると直感した。

ヒトは洗練された動きができ,自分の動きのテンポを意図的に相手に近づけることができる。一方で,意図していなくても起こる,自発的あるいは自動的な行動調整があることもわかっている。時間的行動調整の例としては,相手と歩く時,あるいは大勢で拍手する時に,そのリズミックな運動のテンポが自然に一致していくということがよく見られる。そして,このような現象が,意図的な行動のテンポ合わせを可能にするヒトの能力の基盤だと考えられている。そこで我々は,この能力の進化的な起源を調べるために,ヒトに最も近縁な種であるチンパンジーを対象に研究を行ってきた(第125回参照)。

対面式タッピング課題の導入

チンパンジーの自発的で安定したリズミック運動を再現するために,タッピング課題を導入した。この課題は,固定された位置に表示される2つの視覚刺激を自分が楽な速度で交互にタッピングしていくというものである。2人のチンパンジーに,横並びに設置されたタッチモニターの前に座って同時にタッピング課題を行ってもらうと,自発的なタッピング行動の調整が生じた。ただし,横並びなので,先のクロエの例のように,お互いの行動を見ながらというわけではなかった。そこで,対面式のパネルを設置し(図1参照),さらに調べることにした。透明なパネルにボタンを埋め込んだこの装置では,向こうに座っている相手のタッピングをこのパネル越しに見ることができる。この装置を使って,ヒトとチンパンジーそれぞれがどのようにタッピング課題中の行動を変化させるのかを調べた。

対面式のタッピング課題をしているお母さんチンパンジー・クロエ(手前)とその娘チンパンジーのクレオ(奥)。右下の写真は,チンパンジー・クレオの側から撮ったもの
図1: 対面式のタッピング課題をしているお母さんクロエ(手前)とその娘のクレオ(奥)。右下の写真は,クレオの側から撮ったもの

共通点と相違点

ヒトとチンパンジーを比較した結果.両者には共通点と相違点があることがわかった。共通点は,ヒトとチンパンジーどちらも,自発的な行動調整を見せたことである。つまり,「合わせる」ことによってごほうびが得られる課題ではないにもかかわらず,二者のタッピング速度が合ってくるのだ。しかも両種とも,どちらか一方がもう一方のタッピング速度に合わせる,という一方向性が明らかに観察された。興味深いことに,ヒトとチンパンジーの両種とも,相手が見えないようにしても(音のフィードバックだけでも),相手に合わせるという行動変化が起こった。一方で,ヒトとチンパンジーでは自発的な行動調整の速度と正確さに明らかな違いがあった。ヒトはテストの1回目から正確な行動の調整を見せるが,チンパンジーの場合は徐々に調整が起こる。この結果は,協調行動場面で,ヒトはチンパンジーよりも,知覚した他者の運動リズムと自分の運動リズムを瞬時に調整し,調和のとれた動きが可能となるように進化したことを示唆している。

お母さんチンパンジーのクロエ(右)が課題をしている様子を横でじっと見ている娘チンパンジーのクレオ(左)
図2: お母さんクロエ(右)が課題をしている様子を横でじっと見ている娘のクレオ(左)。            

「片思い」として行動を近づけるチンパンジー?  

筆者らは上記のように,なぜ,どのように行動が「合う」のかをヒトとチンパンジーで観察してきた。タッピング課題を行っている間,データに表れない部分でもチンパンジー特有の行動調整を何度も観察した。たとえば,お母さんチンパンジー・クロエに単独でタッピング課題をしてもらっていたとき,娘クレオは母のすぐそばに近づいてそれを注意深く見ていた(図2参照)。ところが,逆に,お母さんのクロエの方は単独でタッピングしている娘に近づいて見守ることはまったくしなかった。これは,野外調査で観察されたナッツ割りをするときの野生チンパンジーの学び方と一致するものであった。野生でも,子どもはおとなのふるまいをよく観察するが,おとなが子どもの様子を見ることはないのだ。チンパンジーはヒトと同じように,他者と自分の行動を近づけることができる。また,2種ともに,片方が相手に合わせるという傾向が強かった。しかし,チンパンジーでは,合わせられる方は「マイペース」を貫く。かんたんに言えば,チンパンジーの行動調整は「片思い」に終わっているのだ。この違いの持つ意味については,今後さらに探求していきたい。

この記事は, 岩波書店「科学」2016年11月号 Vol.86 No.11 Page: 1134-1135. 連載ちびっこチンパンジー第179回『なぜリズムが「合う」のか? - ヒトとチンパンジーの比較から』の内容を転載したものです。