日本モンキーセンター創立60周年

松沢哲郎『日本モンキーセンター創立60周年』(出典:岩波書店「科学」2016年12月号 Vol.86 No.12 連載ちびっこチンパンジー第180回)

1956年10月17日に,財団法人・日本モンキーセンターが設立された。今年,創立60周年を迎えた。人間でいえば還暦である。2014年4月1日に公益財団法人となった。理事長は尾池和夫(京都造形芸術大学学長,京大[京都大学]第24代総長),所長は松沢哲郎(京大高等研究院特別教授),博物館長は山極壽一(京大第26代総長),附属動物園長は伊谷原一(京大野生動物研究センター教授),学術部長は友永雅己(京大霊長類研究所教授)。それまでは名古屋鉄道株式会社が経営する日本モンキーパークの一部だった。公益化して,動物園の部分を遊園地から切り離して独立し,京大の教授たちが連携して運営の主体となっている。霊長類学という学問の実践と社会貢献の場所だ。その来し方を振り返り,行く末を考えたい。


今西錦司・土川元夫・渋沢敬三

飲水思源。井戸の水を飲むときは,井戸を掘った人のことを思いだそう。日本モンキーセンターを創ったのは今西錦司だといっても過言ではない。新興の学問をまだ国が認知しないころ,京大の野外研究者と東大(東京大学)の実験医学者を糾合して民間に働きかけた。財界で重きをなしていた渋沢敬三が仲介し,名古屋鉄道株式会社(名鉄)の専務でのちに社長・会長となる上川元夫が協力した。阪急電鉄が大阪の後背地の宝塚で事業展開したのがモデルになっている。名古屋の後背地の犬山には,国宝の犬山城がある。名鉄の思惑は,そこにサル類の研究施設・博物館・動物園・遊園地を併設して,名古屋から日帰りの観光客を犬山に呼び込むというものだった。沿線の宅地化も進み,鉄道事業にも資する。さらに,犬山近郊には明治村を作り,リトルワールドも作った。

今西錦司と伊谷純一郎は1958年,日本モンキーセンターを拠点として,最初のアフリカ探検に出かけた。日本の霊長類学の興隆の歴史そのものだ。しかし1980年台を境に,入園者数は下降し続けた。存続があやぶまれた。そこで初心にかえって理想を高く掲げ,公益財団法人化という苦難の道を選んだ。


生息地研修と「モンキー」の復刊

この2年半で顕著に変わったのが「生息地研修」だ。約40人の職員全員が宮崎県の幸島に行って,野生ニホンザルとその暮らしを見た。屋久島に行って,野生のシカとサルが共生する世界自然遺産の森を見た。京大の熊本サンクチュアリでは,日本でそこにしかいないボノボを見た。タンザニアやボルネオ,アマゾンにも出かけた。飼育担当者だけではない。事務職員にも生息地を体験してもらった。人々の意識をまず変えたい。実際の野外体験をもとに,自分たちの職場の掲げる理想「動物園は自然への窓」を理解してもらいたい。キュレーターすなわち博士号をもつ学芸員を増やし,さらには飼育員も修士卒業者を増やし始めた。

京大モンキーキャンパス,京大日曜サロンというかたちで,霊長類学の成果を一般の方々にわかりやすい言葉で発信している,その一環として,「モンキー」という雑誌を復刊した(図1)。ただし,「霊長類学からワイルドライフサイエンスへ」と副題をつけて,霊長類だけではなく,野生ウマやユキヒョウなど,絶滅の危惧される他の動物にも焦点を当てている。

この2年間でいうと,年間約15万人が来園している。毎年200校以上の,幼稚園・小学校・中学校・高校の生徒さんたちが来る。実際にサルたちを間近で観察できる貴重な環境教育の場になっている。


カヌー,たき火,野山に親しむ暮らし

モンベルというアウトドアライフの会社を創業した辰野勇さんを案内していて,カヌーを漕ぐことを思いついた。辰野さんは登山家で,カヌーの激流下りもした人だ。リスザルの島のまわりはサルが逃げないように水濠になっている。水深は50cmほどしかなく,安全だ。パドルをそろりと操作してカヌーを漕ぎ出すと,今年4月のアマゾン川での体験をまざまざと思い出す。木々のあいだにリスザルが見え隠れし,頭上をクモザルが渡る(図2)。

センターは約70haの山林をもっている。モンキーバレイと呼ぶニホンザルの展示場は借景になっていて,背後に継鹿尾山273mが聳えている。その山頂の展望台から見下ろすと,センターは深い緑の中に埋まっていた。山の南斜面の林がすべてセンターの所有で,手つかずで放置されている。尾張平野の北端の愛知と岐阜の県境の丘陵地帯だ。他人の土地をほぼ通らずに山頂まで行ける。「継鹿尾山自然林」と名づけ,里山の復元を試みたい。

不要な樹木を切り出すと,たき火ができる。今年の夏は「じゃぶじゃぶ池」という,水を張っただけの池で子どもたちが遊んだ。冬はたき火がいいだろう。そもそも,センターのニホンザルはたき火にあたることで有名だ。1959年の伊勢湾台風のときに出た廃材を使った火が由緒だそうだ。今年の冬は,入園者にもたき火にあたっていただきたい。自分たちで木を集めてきてたき火をしよう。火をおこし,火にあたる。顔や手を火照らせながら,燃える炎にじっと見入る。そうした体験を都会ではしにくくなった。サルを見るだけでなく,サルのすむ森のことを考える。人間はその進化の過程で「野山に親しむ暮らし」をしてきた。そんな野外体験をふつうに楽しめる場所としての将来が見えてきた。



図1: 季刊の和文雑誌「モンキー」を復刊した。

図2: リスザルの島を取り巻く水濠で,カヌーを漕いでサルを見る。
この記事は, 岩波書店「科学」2016年12月号 Vol.86 No.12 連載ちびっこチンパンジー第180回『日本モンキーセンター創立60周年』の内容を転載したものです。