マンドリル、チンパンジー
図: (左)マンドリルの父親ベンケイは子と微妙な距離を取る。(右)群れで生活しているチンパンジー。

高校生の「霊長類学初歩実習」

大学生がアドバイザーとなり高校生が研究をおこなう「霊長類学初歩実習」が3年目を迎えた。そのようすを報告したい。

学問は大学院から本格的に始まるが,できれば大学生,さらには高校生のときから関心を高めるとよい。高校生にも霊長類学に興味をもってもらうべく,大学生2人(川口と瀧山)がアドバイザーとなり,それぞれの母校に声をかけた。初年度の2015年は9名の高校生が手を挙げた。活動は月に1~2回で,京都市動物園で観察する。アドバイザーがサポートするものの,テーマも観察方法も基本的には高校生自身にゆだねる。そのアドバイザーの指導をより年長のチューターがおこない,高校の教員もときに参加する体制を作った。

観察対象は子どものいるチンパンジー,ゴリラ,マンドリルが中心だが,対象も高校生が決める。もちろん経験のない高校生ばかりだ。しかし通ううちに,毎回,全員が最後には多様な研究テーマをみつけた。翌2016年,さらに2017年と,毎年新たな高校生を募集し,3期生がこの2月に活動を始めた。アドバイザー側も新たな大学生に順次加わってもらい活動を続けている。研究内容の一部を紹介したい。

マンドリルの毛づくろい

ある高校生は毛づくろいに興味をもった。そこから個体間関係が読みとれるのではないか。毛づくろいする体の部位の推移には規則性があるのではないか,と考えた。マンドリルを観察し,した個体,された個体と,その部位を記録した。対象は.オスとメス,その間に生まれた姉妹の4個体だ。その結果,部位としては頭と四肢が多いことがわかった。ただし,頭から始めることは多く見られたが,四肢から始めることはあまりなかった。面白いことに,距離としては近い胸と腹では毛づくろいの移行はほとんど見られなかった。部位はどこでもいいというわけではなく,推移には文法のような規則性がある。また個体ごとに見ると,母親は全個体におこなっていた。しかし,父親と子どもたちの間では一度も見られなかった。マンドリルでは母親が群れの関係を取り持つのかもしれない。妹のディアマンテは受け手となるばかりだった。幼い子どもは遊びなど,毛づくろいとは別の手段で,他個体とかかわるようだ。

マンドリル,ゴリラ,チンパンジーの移動速度と運動量

別の高校生は「移動」に興味をもって3種を比較した。彼女が前年に参加したSAGA(アフリカ・アジアに生きる大型類人猿を支援する集い)での米国リンカンパーク動物園のステイーブ・ロス博士によるエンリッチメントの講演がきっかけだ。本来は広い行動範囲をもつ動物たちに動物園で野生に近い暮らしを提供するにはどうすればよいのか。そこで生まれたテーマが,飼育下で彼らがどのように移動しているのかを知るというものだ。3種のおとなのオスを対象に移動速度と運動量を測った。一定距離を移動するのに要する歩数を計測すれば歩幅もわかる。面白いことに,体の大きなゴリラよりチンパンジーのほうが歩幅は大きかった。4足歩行での移動の際,歩数と移動に要した時間を記録し移動速度をもとめた。春と秋で結果を比べると,ゴリラとチンパンジーは速度も運動量(歩数)も秋に増加した。それに対し,マンドリルではどちらも秋に減少するという結果だった。これは,5月に生まれたディアマンテの発達が関係しているかもしれない。母親にずっと抱かれていたディアマンテが秋になるとひとりで行動しはじめた。その頃,父親のベンケイは不用意に子どもに近づきすぎるのを避けるように,ディアマンテの行動を気にしてあまり動かないようだった。また,移動したのが地面か地面より高い場所かにわけて調べたところ,3種ともに地面より高い場所での移動のほうが速度は速かった。霊長類は樹上性が強いためと考えられる。高い場所に食べ物があったことも影響しているかもしれない。だとすれば,野生の暮らしを再現するうえで高い空間を用意するのは良いくふうだといえる。

チンパンジーの出産に伴う群れの変化

観察期間中,チンパンジーのローラが妊娠した。行動の性差,年齢差について調べたいと考えていた高校生はこれをうけ,チンパンジーの群れ(5個体)の出産に伴う変化に焦点を当てた。2分ごとに観察する個体を変えて,その瞬間に観察個体がいる場所と姿勢を記録した。残念ながらローラの子どもは生まれてすぐに死んでしまった。出産後,ローラがロープにぶら下がることがあったが,これは妊娠中には見られなかった行動だ。出産前は群れの個体は全体的に寝ころんでいることが多く,特にローラは5割以上の割合で寝ころんでいた。しかし,出産後はローラをはじめとして全員が寝ころんでいる割合は下がり,活発に動き回るようになった。これは気温のためかもしれないと考え,観察日の気温と照らし合わせた。しかし気温と姿勢に相関はない。出産したことでローラの活動量が増え,群れ全体の行動が活性化したのだろうか。1個体の行動が群れ全体に大きな影響を与えるのかもしれない。

活動のこれから

2期生たちは,ここに紹介した研究を,日本モンキーセンター主催のプリマーテス研究会で発表した。発表は好評で,ベテランの霊長類研究者をうならせる場面もあり,優秀口頭発表賞に選ばれた研究もあった。今春,1期生は大学生になる。彼らの中から霊長類研究を志す人がでてくるかもしれない。実習での経験を今後の学びに生かしてもらえれば幸いだ。

この研究は京都大学リーディング大学院「霊長類学・ワイルドライフサイエンス」(コーディネーター,松沢哲郎京都大学特別教授)の高大連携プロジェクトの一環である。研究をおこなうにあたり、山本真也神戸大学准教授,山梨裕美京都大学特定助教にご助言いただいた,発表については以下のサイトで公表されている。 https://sites.google.com/site/61stprimatesmeeting/

この記事は, 岩波書店「科学」2017年4月号 Vol.87 No.4 Page 0328-0329 連載ちびっこチンパンジー第184回『京都市動物園のチンパンジー・ゴリラ・マンドリル: 毛づくろい,移動,出産前後の群れの行動』の内容を転載したものです。