ポルトガルのアルガ山に生息する野生ウマ
図: オスが複数(左の2頭)のウマの群れ

ウマの社会

ポルトガルのアルガ山で,野生ウマの研究をおこなっている。霊長類学の歴史をさかのぼり,その出発点のさらに前を見てみると,半野生ウマの社会に関する研究にいきつく(本連載第172回参照)。今西錦司が1948年に宮崎県の都井岬で御崎馬を対象におこなった研究だ。ウマが作る群れと,その社会構造を研究しようとした。

哺乳類の中で,集団を作ること自体はめずらしいことではない。キリンやバッファローやゾウも,複数の個体が集まった集団を作る。ただし,集団の構成は一定ではなく,誰と誰が同じ集団にいるのか,状況によって変わってくる。

ウマの群れは,メンバー構成が安定して,同じメンバーの群れが長続きする。その点で,キリンなどの有蹄類のなかでは例外的である。むしろ霊長類に近い。霊長類では,オス1頭に複数のメスが集まったハーレム型,オスもメスも複数の複雄複雌型,あるいは一夫一妻型,そして一妻多夫型まで,様々な種で様々な社会が見られる。

霊長類との比較

霊長類の群れのメンバー構成については,種による違いもあるし,また同じ種でも環境の違いによる影響も受ける。ひとつの群れの中にオスが何個体いるのかに着目して,これまで次のような説明が提案されてきた。

第1は,オスの数をメスの数との関係で説明しようとするものだ。簡単に言うと,群れの中にメスが多くなると,同じ群れにいるオスの数も多くなる。第2は,メスの繁殖の季節性との関連を指摘するものだ。複数のメスの繁殖期が同時にきて,1個体のオスでは複数のメスを独占しきれない場合には,複数のオスが存在する群れになると考えられる。逆にメスの繁殖期がずれて,1個体のオスですべてのメスと順々に交尾できる場合には,オス1個体のハーレム型になると考えられる。第3は,捕食圧との関係を指摘する説明である。捕食される危険が大きい場合には,オスが複数で群れを守ると予想できる。

アルガ山の野生ウマの調査の進展によって,2016年末までに合計26の群れを識別した。その多くはハーレム型である。ただ,ひとつの群れに2個体以上の大人オスがいる場合もある。また,オスだけで構成される群れもある。アルガ山の場合は,26群の内訳として,オスもメスも両方いる群れが24群,オスだけの群れが2群だった。そして,オスもメスもいる群れでは,オスが1頭の群れが18群,オスが2頭以上の群れが6群だった。

オスが1頭の群れでは,メスの数は平均5.2だった。それに対して,オスが2頭以上の群れでは,メスの数は平均2.8だった。つまり,メスが多ければオスも多くなるという説明は成り立たない。また,メスの繁殖期の季節性との関係による説明も成り立たない。ウマの繁殖期は比較的長く,メス同士で繁殖期がずれていることが多い。そうなるとオス1頭で複数のメスを独占するハーレム型になるはずだが,アルガ山ではオスが2頭以上の群れが全体の25%程度を占め,それなりに存在する。最後に捕食圧との関係での説明も成り立たない。アルガ山には野生のオオカミがいて,この地の野生ウマが捕食されている。捕食圧とオスの数の説明が正しければオスが複数の群れが優勢になるはずだが,そうはなっていない。

霊長類の研究をもとに提案された説明は,ウマには当てはまらないようだ。何か別の要因があるに違いない。

図: ドローンで上空から撮影したウマの群れ

ウマ社会の理解にむけて

2017年春に,アルガ山で再び調査をおこなった。合計34群を識別した。新たな群れを発見した場合もあるし,また,2016年に1群だったものが分裂して2群以上になったものもある。群れ間でのメスの移籍も確認できた。秋から冬にかけてがメスの移籍時期らしい。

ウマの社会を分析するにあたって,オスとメスの関係,オスの役割,そして異なる群れ同士の関係性が重要な要因だと考えている。霊長類研究をもとに提案された説明がウマに当てはまらない理由は何なのか,いまのところ答えはわからない。少なくとも霊長類研究による説明はウマに当てはまらない,ということが新たにわかったので,そこが今後の研究の出発点になる。

答えを見つけるために,様々な試みを始めた。ドローンで空中から撮影して,複数の群れの分布や,群れ内の個体の配置を調べる。糞サンプルを採集してDNAから血縁関係を探る。ウマの社会の理解の先には,哺乳類全体の社会の進化の理解がある。樹上に生活の場をもった霊長類,樹上から地面に降りたヒト,そしてもとから地面に生きるウマ。野生ウマをひとつの手がかりに,社会の進化を解明したい。

本報告は,以下の論文として掲載されました。

この記事は, 岩波書店「科学」2017年9月号 Vol.87 No.9 Page: 0826-0827  連載ちびっこチンパンジー第189回『野生ウマの社会:霊長類との比較から』の内容を転載したものです。