図1: 大きさの「平均」の大きいセットの方を選ぶチンパンジー,クロエ

疑問のはじまり

私たちがあたりまえのようにおこなっていることも,チンパンジーの目を通して見ると,実に不思議に感じられることがある。「場の空気を読む」ということもその1つだ。たとえば,大勢の人前で話す時,群衆の表情から瞬時に集団の気持ちを察することができる(と思っている)。一人ひとりの表情は,少しずつ違っていて,表情の持つ意味も程度もバラバラだ。そこから全体の雰囲気を瞬時に察するのは,人間のすぐれた社会的能力の1つではないだろうか。こうした全体を瞬時に把握する能力は,人間に固有のものなのだろうか。仲間と共に暮らし,相手と社会的なかけひきをするチンパンジーも,場の空気を読むことができるのだろうか。最初はそんな興味から,これを実験で確かめてみたいと考えた。

場面全体を把握するしくみ

では,私たちは,群衆の中にうれしそうな表情や悲しそうな表情をしている人々がまぎれている場合に,どのように集団の気持ちを判断するのだろうか。実は,複数の顔やその表情,視線の方向などの「平均」を把握することができるという。顔のような社会的な特徴だけではない。複数のものの大きさ,色,方向,位置,動きのように,もっと単純な特徴の「平均」も,瞬時に把握できるという。しかも,1つ1つの特徴を把握できないほど一瞬しか見えなくても,それらの「平均」は把握できるといわれている。どうやら,私たちは,1つ1つに注意を払わずに「平均」を抽出しているようである。「平均」のような複雑そうな計算を,注意を払わずにおこなっていること自体が驚きだ。最近では,4~5歳の人間の子どもでも,大きさや位置,動きの「平均」を把握できることがわかっている。

チンパンジーは平均を知覚するのか?

そこで,チンパンジーも場の空気を読めるのか,という疑問に答える第一段階として,単純な特徴を「平均」して判断できるかどうかを調べてみることにした。まずは単純な特徴として「大きさ」を選んだ。チンパンジーの生活の中でも,大きさという特徴は重要なはずだ。たとえば,森の中で,たくさんの果実のなった木が何本もあるとしよう。それぞれの木になった果実の大きさは1つ1つ違う。その中から,チンパンジーは,全体として大きな実がなった木を選ぶことができるのだろうか。こんな場面を想定して,大きさの「平均」の知覚について調べるために,次のような実験をおこなった(図1)。

図2: 実験で用いられた円のセットの例(実際は,灰色背景に白枠の円だが,ここでは見やすいように白色背景に黒枠の円で示した)

大きさの「平均」知覚を調べる

ヒトを対象とした実験ならば,「次のような複数の円からなる2つのセットのうち,大きさの『平均』の大きい方はどちらか,選んでください。」のように言葉で説明することができる。しかし,チンパンジーに,複数の物体の大きさの「平均」が把握できるかどうかをたずねるのは難しい。そこで,3つのステップで,チンパンジーに大きい方を選ぶことを教えた。

まずは,画面の左右に1つずつ円を1秒間提示し,チンパンジーが2つの円のうち大きい方に触れれば正解という訓練をおこなった(単数条件)。すると,チンパンジーたちは,大きい方を選べばよいことをすぐに理解した。続いて,画面の左右に6個ずつの円を提示した。円の数が複数になっても,大きい円からなるセットの方に触れれば,正解となる。セットに含まれる6個の円は,すべて同じ大きさにした(複数均一条件)。これも,チンパンジーたちは,すぐに理解できた。最後に,両面の左右に6個ずつの円が提示されるのだが,6個の中には大きさの異なる円が3種類,2個ずつ含まれていた(複数不均一条件)。チンパンジーたちは,大きさがバラバラの複数の円からなるセットでも,全体として大きい方を選択すれば正解であることを理解できた。

以上の条件をクリアした後,12個の円からなるセットを用いてテストした(図2)。6個の円のセットで大きさを見比べる時には,1秒間のうちにすべての大きさを見比べる余裕があるかもしれないが,12個の円のセットではそうはいかないはずだ。もし,チンパンジーが円の大きさの「平均」を一瞬で把握できるなら,1個の円どうしを比較する時(単数条件)と同じくらい,12個の円どうしの比較(複数均一条件,複数不均一条件)でも正確に答えることができるはずである。チンパンジーと比較するために,ヒトにも同じテストをおこなった。その結果,チンパンジーもヒトも,1個の円どうしを比較する単数条件に比べて,12個の円どうしを比較する複数均一条件,複数不均一条件で,より正確に大きい方の円(あるいは円のセット)を選択することができた。特に,複数不均一条件では,12個の中に大きさの異なる円が4種類,3個ずつ含まれていた。そのため,2つのセットを見比べる時に,それぞれのセットの1つの円のみに注意を向けていても正解できないはずである。

今回の実験から,チンパンジーも,大きさの「平均」を知覚していることがわかった。大きさのような単純な特徴については,チンパンジーもヒトと同じように,全体の概要を把握できるのかもしれない。今後,研究が進めば,チンパンジーが表情の「平均」を把握できるのか,つまり,「場の空気を読む」のかという問いにも答えられる日が来るだろう。

Tomoko Imura, Fumito Kawakami, Nobu Shirai, Masaki Tomonaga (2017). Perception of the average size of multiple objects in chimpanzees (Pan troglodytes). Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences, 284(1861). doi: 10.1098/rspb.2017.0564 日本語解説
この記事は, 岩波書店「科学」2017年11月号 Vol.87 No.11 Page: 1002-1003  連載ちびっこチンパンジー第191回『チンパンジーは,平均の大きさがわかるか?』の内容を転載したものです。