Image Credit: Kumamoto Sanctuary, WRC, Kyoto University チンパンジーが笑う
図1: チンパンジーが遊んでいる様子。アルク(右)が笑顔を見せている。男性が集まると,チンパンジーは大人でもよく遊んでいる。

仲のよい友人と一緒に過ごす時間はかけがえのない楽しいものだ。一方で,仲の悪い人と顔を合わせてケンカばかりする日々はストレスが溜まる。誰とどんな関係の中で生きているかは,わたしたちヒトの心の状態に大きくかかわる。ヒトと同様,社会性の強いチンパンジーたちにとって群れでの暮らしは不可欠だ(図1)。では,その中でのストレスはどのようなものだろうか?

チンパンジーの毛からストレスをはかる

第145回(「チンパンジーの毛からストレスをはかる」,2014年1月号)で紹介した通り,わたしたちはチンパンジーの毛から長期的なストレスの蓄積を評価する方法を確立した。毛に含まれるコルチゾルというホルモンを測定することで,半年ほどのストレスの蓄積が評価できる。その手法を応用して,2013年から2015年の間に熊本サンクチュアリに当時暮らしていた58個体のチンパンジーたちの毛を少しハサミで切ってその中に含まれるコルチゾルを測定した。コルチゾルの値が高いことは,ストレスが高いことを意味すると考えられる。

男女で違うストレス反応

まずは,それぞれのチンパンジーの移動歴や攻撃,性別,年齢。群れ構成,来歴などの影響を統計的に分析した。するとその中でもはっきりと出てきたのは,攻撃と性別の要因だった。男性のほうが女性よりもコルチゾルの値が高い。また,男性の中では攻撃を受ける頻度の高い個体でストレスレベルが高かった。一方で,女性は攻撃を受ける頻度とは関係がなく,攻撃をする頻度が高い個体にストレスレベルが高いという結果が得られた。男女でまったく異なる結果が得られたことになる。野生では,男性チンパンジーは一生を同じ群れで暮らして仲間と強い関係を築く。女性のほうは性成熟後に生まれた群れを出ていくのが普通であり,したがって仲間とのつながりも希薄になりがちだ。男性のほうが密な社会関係を築く性質があるゆえに,攻撃する/されるといった関係がストレスの値により強く影響してくるのかもしれない。

Image Credit: Kumamoto Sanctuary, WRC, Kyoto University チンパンジーが群れで毛づくろい
図2: 男性同士の毛づくろいの様子。毛づくろいは外部寄生虫などを除去するなど衛生を保つ役割を果たすとともに,仲間とのコミュニケーション手段でもある。

バランスのとれた関係性が大事?

さて,上述の研究で男性のストレスレベルが攻撃と関連していることがわかった。ただし攻撃関係だけではチンパンジーの社会性は測れない。そこでさらに詳細を調べるために男性のみの群れで暮らすチンパンジーに注目して,攻撃だけでなく親和的社会行動も含めて行動観察をおこなって,ストレスレベルとの関連を分析した。親和的な社会行動とはたとえば毛づくろいが有名だ(図2)。しかし一口に毛づくろいとは言っても,お互いに毛づくろいしあうものや,一方的に毛づくろいをしたりされたりするようなものなど色々な形を含んでいる。そこで,毛づくろいを相互的なものと一方的なものに分け,さらに単純な頻度だけではなく,毛づくろいをする/されるのバランス(毛づくろいする頻度からされる頻度を引いたもの)にも着目して解析をおこなった。毛づくろいをするのもされるのも同程度であればバランスがよく,その反対に毛づくろいをするばかりでお返しの毛づくろいをしてもらえないとなるとバランスが悪いと評価できる。すると,攻撃を受ける頻度と毛づくろいのバランスの悪さに相関が見つかった。つまり,攻撃を受ける頻度が高い個体は,毛づくろいも一方的にすることが多いのに対してされることが少なかった。単に攻撃する/されるだけではなく,日常的にバランスのとれた社会関係を築いていないことが長期的なストレスレベルの上昇につながっているのではないかと考えられる。

動物福祉の向上を目指して

長期的なストレスはヒトやヒト以外の動物の心身の健康に大きくかかわってくるだろう。今回の研究結果では,長期的なストレスレベルは個体により違い,それぞれが築く社会関係にかかわっていることがあきらかとなってきた。野生のチンパンジーは離合集散社会といって,群れの中の多くの個体が集まる日や小さい単位でバラバラに生活する日もあり,その日ごとにかかわる相手が変わるような社会の中で暮らしている。群れにいるメンバーは,必ずしも仲良く過ごせる相手ばかりではない。そんな中で心穏やかに暮らすためには,時にバラバラに過ごす日も必要なのかもしれない。今回の調査をおこなった,熊本サンクチュアリでもそれを模して飼育下では日ごとに集団構成を変えてすこしでも分裂・凝集を経験できるようにしている。ヒトと同じで,チンパンジーも他者と関わることに関して強い欲求をもっている動物だ。そうした欲求を満たしつつも,彼らがストレスを溜め込むことのない,バランスのとれた日々を送ってもらえるように努力していきたい。

本稿で紹介した研究の成果は次の論文として公表された。

Yamanashi Y, Teramoto M, Morimura N, Nogami E, Hirata S (2017)  Social relationship and hair cortisol level in captive male chimpanzees (Pan troglodytes) (飼育チンパンジーにおける社会関係と長期的なストレス) Primates, 59(2): 145-152

この記事は, 岩波書店「科学」2018年5月号 Vol.88 No.5 Page: 0522-0523  連載ちびっこチンパンジー第197回『チンパンジーの毛からストレスをはかる - 社会関係が大事』の内容を転載したものです。