図1: 1958年,今西錦司と伊谷純一郎は,初めてアフリカ探検をした。(提供:伊谷純一郎)
図2: 1926年3月,京都帝大・旧制三校合同の黒部合宿記念写真。 アプローチの長い北アルプスでの雪山登山はヒマラヤを見すえた試みだった。左から2人目が今西,右端が西堀。(提供:京都大学学士山岳会)

1958年の京都大学

京都大学は「探検大学」とよく呼ばれる。それはなぜか?

1958年,桑原武夫隊長率いる京都大学学士山岳会隊がチョゴリザに初登頂した。京大がヒマラヤに初登頂した最初の記録である。その後,ノシャック,サルトロカンリ,ガネッシュ(アンナプルナ南峰)とヒマラヤ初登頂が続く。隊長をつとめた桑原は,人文科学研究所の所長をつとめたフランス文学者で,文化勲章を受章している。

1958年は,今西錦司・伊谷純一郎によるアフリカ初探検の年でもある。まだ霊長類研究所ができる前で,今西らが名古屋鉄道に働きかけて創った日本モンキーセンターが派遣した隊だ。最初の目標はゴリラだったが,すぐにチンパンジーに切り替えた(図1)。今西は,カゲロウの幼虫のすみわけを見つけ,のちに霊長類学という学問を確立し,文化勲章を受章している。

西堀栄三郎らによる日本初の南極越冬の年でもある。第1次南極観測隊を乗せた観測船「宗谷」は1957年1月,東オングル島に到着し昭和基地が建設された。西堀が率いる11人の越冬隊員は基地に残り,翌1958年2月に帰国の途につくまで厳しい越冬生活に耐えた。西堀は,京大助教授から東芝に転じて真空管「ソラ」の開発にあたった人だ。のちに原子力船「むつ」の開発も手掛けた。品質管理学をおこしデミング賞を受賞した。

ヒマラヤ初登頂,アフリカ初探検,そして南極の初越冬,それが同時におこったのが1958年で,今年はその60周年にあたる。ちなみに桑原・今西・西堀は,三高山岳部,京都帝大旅行部,つまり今の京大山岳部の同級生である(図2)。今西らは,1931年にヒマラヤ初登頂を目的として京都大学学士山岳会(AACK)を結成した。桑原が第3代,今西が第4代の会長で,わたしが今の第14代になる。

ブータン・西北ネパール・東南アジア

ヒマラヤ,アフリカ,南極を率いた3人は,今西が1902年,西堀が03年,桑原が04年生まれだ。したがって当時54~56歳だった。じつは同じ1958年に,彼らの薫陶を受けたひとまわり若い世代も小さな自前の探検をおこなった。中尾佐助によるブータン,川喜田二郎による西北ネパール,梅掉忠夫による東南アジアの学術探検だ。中尾が1916年,川喜田が20年,梅掉が20年の生まれなので, 38, 42歳のころである。

中尾のブータンは「秘境ブータン」という著作にまとまった。このブータン調査が,のちに彼の照葉樹林文化論に結実していく。川喜田の西北ネパールは「鳥葬の国」という著作になった。フィールドワークをまとめる技法はKJ法という発想法になった。梅掉は「文明の生態史観」という構想に基づいて,初めての東南アジア調査をおこなった。現在の国立民族学博物館をおこし,文化勲章を受章している。彼の「知的生産の技術」と京大式カードは一世を風靡した。

中尾・川喜田・梅掉もまた,今の京大山岳部の仲間だった。1958年にこれらが一斉に花開き,1956年には山岳部から分派して日本初の探検部ができている。京都大学の若者たちは,登山・探検・フィールドワークを通じた未知へのあこがれを育んだ。

フィールドワークを育む京都

わたしも,「学部はどちらですか」「山岳部です」という生活を送った。1973年,4回生のときに,ヤルンカン(カンチェンジュンガ西峰)の初登頂の隊に加わった。隊長の西堀さんが70歳で最年長,わたしが22歳で最年少の隊員だった。今西・西堀・桑原と半世紀を隔て,直接会って声を交わした最後の世代である。

この探検大学60年の歴史を振り返ると,彼らの活動にはひとつの共通した特徴がある。登山や探検に情熱を注ぐだけでなく,それを学術研究へと結びつける伝統だ。これを梅掉は,「未踏の大地(フィールド)へのこころざしは,あらたな学問領域(フィールド)の開拓につながっている」と表現している。フィールドから刺激を受け学び続ける。京都大学が今も「探検大学」と呼ばれる伝統の礎がそこにあるだろう。

京都にこうしたフィールドワークの伝統がなぜ生まれたのか,3つの要因を考えた。第1に 山紫水明の自然がある。大文字山や比叡山に登り,鴨川べりを散策する。北山や比良山系も近い。第2に世界中から人が集まる。110年前の1908年には,中央アジアの探検家スウェン・ヘディンが京都大学で講演している。アルバート・アインシュタインがノーベル賞をもらって1922年に来日したとき,京都観光の3日間を案内したのは当時19歳の西堀だった。第3に,街が適度に狭い。1100年間の古都はどの辻を歩いても歴史があって楽しい。教員も学生も大学の近くに住み徒歩や自転車で通っているので,夜の帰宅時間を気にせず語り合える。

7月16日まで写真展「探検大学早わかり」を京都大学百周年時計台記念館「京大サロン」で開催している。ご覧いただければ幸いだ。

この記事は, 岩波書店「科学」2018年7月号 Vol.88 No.7 Page: 0722-0723  連載ちびっこチンパンジー第199回『探検大学の誕生:ヒマラヤ初登頂,アフリカ初探検,南極初越冬の60周年』の内容を転載したものです。