ホーム 松沢哲郎先生「想像するちから:チンパンジーが教えてくれた人間の心」

講演『想像するちから:チンパンジーが教えてくれた人間の心』
京都大学霊長類研究所教授 松沢哲郎
(この文章は2014年12月4日に日本綿業倶楽部にて開催された、日本綿業倶楽部の倶楽部茶話会での講演内容を再録したものです)

アイ・プロジェクト―「人間とは何か?」という問いに対する三つの答え

図14-17:愛知県犬山市にある京都大学霊長類研究所. 野生同様、「太陽があり,土があり,緑があり,水があり,仲間がいる暮らし」を目指した環境づくりを日々続けている.
詳しくは, http://langint.pri.kyoto-u.ac.jp/ai/ja/about/facility.html
図18. 1978年4月から続く アイ・プロジェクト
パートナーのチンパンジー、アイ. 2000年にアユムを産みました

アフリカで野生チンパンジーを研究する一方、京都大学の霊長類研究所でも一群れのチンパンジーを飼育して、彼らの知性に関する研究をおこなってきました (図14-17)

研究のパートナーは「アイ」という名前のチンパンジーです (図18)。一九七八年四月に始まったこの研究プロジェクトは「アイ・プロジェクト」と呼ばれています。

アイは二〇〇〇年に息子の「アユム」を出産しました。この写真(図18)は、まだ胎盤とへその緒が付いていますから、生まれた直後の様子です。


図19. 参与観察と呼ぶ研究手法
アイ・アユム親子と松沢先生

私たちは「参与観察」という研究手法を編み出しました (図19)。「参与」は参加です。チンパンジーのお母さんが赤ちゃんを育てる、その暮らしに参加し、子どもの発達を研究します。幸い研究者とお母さんの間には長い歳月を通して培った絆がありますから、「ちょっとお宅の息子さんを貸してください」と頼むことができます。

図20. 二〇〇五年 アユム五歳
図21. 二〇〇九年、アユム九歳
図22. 二〇一四年撮影、アイと.

(図22を見ながら、)二〇一四年、ついこの間、撮った写真です。二〇〇〇年には真っ黒だった私の髪の毛もこの十四年で白くなってしまいました。


1. 教えない教育・見習う学習―人間は「教える」

図23

図24. 撮影:Anup Shah & Fiona Rogers

きょうはアフリカと日本での研究を通して見えてきた、「人間とは何か?」という問いに対する三つの答えについてお話ししたいと思います。

一つ目の答えは「教える」ということです(図23)

「まなぶ(学ぶ)」の語源は「まねる(真似る)」です。「まねる」「まねぶ(真似ぶ)」「まなぶ」となったのだそうです。ですから、学ぶことの基礎には真似ることがあるわけです。それから「猿真似」という言葉がありますから、「サルでも真似するのではないか」と思われるかもしれませんが、真似るということは非常に難しいのです。ニホンザルが何かを真似たように見える仕草をしますが、それは教え込まれてそうしているのであって、自発的に真似ているわけではありません。

先ほど石器を使うチンパンジーをご紹介しましたが、石器を使えるようになるには四、五年かかります。親や大人が石器を使う様子を見ても、すぐに真似られるわけではありません。

三歳半の女の子の様子を紹介します。



動画3:3歳半、まだ割ることができません ©ANC Miho Nakamura

(動画3を見ながら、)石に種を一つ乗せて、もう一つ乗せました。この子のばあい、なぜか迷信的に二つ乗せます。手で石を叩いて、足でキックしています。思い直して、もう一度やります。種を二つ乗せて、手で石を叩いて、持ち上げて後ろへ投げる、これでおしまいです。全体としては真似ているのですが、上手に真似ることはできません。



動画4:チンパンジーにとって、まねるのは、むずかしい ©ANC Miho Nakamura

(動画4を見ながら、)三歳半の同じ女の子の別のシーンです。どうしてもじょうずに割れないと、近くにいる大人のところへ見に行きます。何もそこまで近づかなくてもいいだろうという近距離でジッと見ますが、大人は教えません。やってみせるだけです。そうすると、子どもは自分の場所に戻って、何とか自分で割ろうとします。


図25. チンパンジーの「教えない教育・見習う学習」
Education by master-apprenticeship 撮影:Etsuko Nogami

チンパンジーの教育は教えない教育・見習う学習

親やおとなは手本を示す子どもはまねる. おとなは寛容
図26

このようなチンパンジーの教育と学習を「教えない教育・見習う学習」(Education by master-apprenticeship)と呼んでいます (図25)

チンパンジーの教えない教育・見習う学習には「親や大人は手本を示す」「子どもは真似る」「大人は寛容」という三つのポイントがあります (図26)。親や大人は手本を示すだけで「ああしなさい」「こうしなさい」とは言いません。真似なければいけない理由はないのですが、子どもは放っておいても真似ます。そして関わってくる子どもに対して親は非常に寛容です。「じゃまだからあっちに行け」とは言いません。


では、人間の教育は

教える

手を添える、ほめる、 うなづく、ほほえむ、 認める、見守る

図27

チンパンジーの教育と学習の特徴がわかると、アウトグループという発想から、人間の教育と学習の特徴もはっきりわかってきます (図27)。人間はやるけれども、チンパンジーはけっしてやらないことがある。まずは、「教える」ことです。これは人間の教育を際立たせています。人間のようにあの手この手で「教える」動物は存在しません。

さらに人間のアウトグループとしてのチンパンジーをよく観察しますと、「教える」こと以外にも、その一歩、二歩手前に人間だけがする教育があることに気がつきます。例えば「手を添える」ことがあります。チンパンジーはそっと子どもの手をとって「こんなふうに割ってごらん」と教えたりはしません。それから「ほめる」こともそうです。人間は「上手にできたわね」と子どもをほめますが、チンパンジーはほめません。他にもあります。子どもの様子を見ながら「うなづく」こと、「ほほえむ」こと、「よくやった!」と「認める」こと、あるいはそうしたことさえいっさい何もせずに静かに「見守る」こと、これは人間しかしません。「手を添える」「ほめる」「うなづく」「ほほえむ」「認める」、そして「見守る」、といったことは人間の教育の特徴だとわかりました。


2. 言葉と記憶―トレードオフ仮説

図28
図29. 著書『ことばをおぼえたチンパンジー』(1985年・福音館書店発行)

二つ目の答えは「言葉」です (図28)

ある意味、自明ですが、言葉は人間をして人間たらしめています。

私は研究のパートナーであるアイに図形文字やアルファベットやアラビア数字を教えてきました (図29)



動画5. Matsuzawa (2009) Symbolic representation of number in chimpanzees Current Opinion of Neurobiology, 19: 92-98

勉強の様子をご覧ください (動画5)。これはチンパンジーが向き合っているコンピューターのモニター画面の左側に出てきた白い点の数を、右側に出てきた数字に触れて答えるという課題です。
(動画5を見ながら、「1……7……白い点の数を答えています……5……1……6……7……3」)
このようにアイは白い点の数をアラビア数字で答えることができます。



動画6

そのようなお母さんのもとで育ったアユムにも、四歳になったときに勉強してもらうことにしました。チンパンジーの寿命は約五十年です。だいたい一・五倍すると人間の生活史とつり合います。だから、チンパンジーの四歳は人間の約六歳にあたります。小学校に上がる年頃ですね。

お母さんと同じようにコンピューターの前に座ってもらって、1、2から教えました。画面のランダムな位置に数字を出して、1、2と順番に触れて答えるという課題です。次は1、2、3、それができましたら1、2、3、4と増やして、順番に数字の順序を教えました。毎朝九時から九時半までの三十分間、コンピューターに向かって勉強しますと、半年後、四歳半の時点で、1~9まで順番に触れて答えられるようになりました。

(動画6を見ながら、)白丸を触ると、毎回、画面のでたらめな位置に1~9までの数字が出てきますが、ちゃんと順番に答えています。1~9までの数字の順序を正しく理解していることがわかります。



動画7. Matsuzawa (2009; 2013) Current Opinion in Neurobiology

そして、パッパッパッと非常に早く答えるので、「ひょっとしたらパッと見ただけで、どこにどの数字があるか覚えられるのでは?」と考えて、五歳半のときに同じ装置で記憶のテストをしました (動画7)

1~9まで順番に触れて答えるという同じような課題なのですが、1に触れた後が違います。1に触れると、残りの数字は消えて白い四角形に置き換わってしまいます。つまり、アユムは1に触れた後、2があったところ、3があったところ、4があったところと順番に触っていく課題です。ですから、数字とその場所をあらかじめ記憶していないとできません。

もう少し難易度を上げて、1~9までの数字からでたらめに二つを抜いて、七つの数字を出してみました。数字がどこか二つ飛んでいます。

 毎回、でたらめに二つの数字を抜くのですが、それでも小さい数字から大きい数字へと順番に触れることができます。つまり、チンパンジーは1~9の序列を理解していることになります。




動画8

このことを確認したうえで、さらに難易度を上げて、七つの数字を二百十ミリ秒、すなわち約〇・二秒しか見せません (動画8)。〇・二秒というと「パシャッ」という感じです。確かに数字は画面に出てきますが、一瞬で白い四角形に置き換わってしまいます。非常に難しい課題です。

しかし、ご覧ください。皆さんも一緒にやってみてください。(動画8を見ながら、)いきますよ。はい、どうぞ…… 難しすぎてどの数字がどこにあるか私にも説明できませんが、1、2、3、何とか、でしたね。

 全く同じ課題を京大の学生にやってもらいましたが、正答率は0%です。つまり誰もできませんでした。霊長類研究所の三人のチンパンジーの子ども達はできるけれども、人間の大人にはとてもできません。そのような課題があることを我々の研究チームが発見しました。



動画9

 ただし、この課題はきわめて難しい。注意が散漫になるとできません。チンパンジーにも集中力が必要です。

このばあい、外で物音がして注意が途切れてしまいました (動画9)。あたりを見渡しています。課題を十秒ぐらい中断しました。でも、十秒ぐらいなら……このように課題の続きをこなすことができます。すごいでしょう。どの数字がどこにあったかおぼえているんです。チンパンジーは大変素晴らしい短期記憶能力を持っていることがわかりました。



動画10. 色を見て漢字を選ぶ課題

動画11. 漢字を見て色を選ぶ課題

それから、チンパンジーに色を表す漢字を教えてみました。

これはお母さんのアイですが、白色を見ると「白」いう字を選びます (動画10)。緑色を見ると「緑」という字を選びます。茶色を見ると「茶」という字を選びます。正しく選べています。

逆のこともできます (動画11)。「桃」という字を見て桃色を選べます。「茶」という字を見て茶色を選べます。「赤」という字を見て赤色を選ぶことができます。

もちろん我々人間は当然どちらもできます。

図30

赤色を見て「赤」という字を選ぶ、「赤」という字を見て赤色を選ぶ、あるいは図形文字でも、例えば「菱形に横線」は「赤」を表すと教えれば、その図形文字を「赤」として選ぶことができます (図30)

ところが、この課題はチンパンジーにとっては非常に難しいのです。いまご覧いただいたように、できないことはないのですが、習得するのにとても時間がかかります。一瞬でどの数字がどこにあるのか記憶できるのに、文字の意味をおぼえられない。面白いですよね。つまり、同じように「記憶」という言葉を使いますが、目の前にある数字を一瞬で記憶することと、特に赤いわけでも何でもない「赤」という字を見て赤色を思い浮かべることは違うわけです。「青」という字を見て、そこにはない青色を思い浮かべること、想像すること、それがチンパンジーにとっては非常に難しいということがわかりました。


図31. 記憶と言語のトレードオフ

これを「記憶と言語のトレードオフ」と表現しています (図31)。約五百万から六百万年前に人間とチンパンジーは共通の祖先から分岐し、その後、チンパンジーはチンパンジーになる過程でこうした記憶能力を保持したのですが、人間は人間になる過程でチンパンジーのような記憶能力を失い、その代わりに言葉を獲得したと考えています。


3. 想像するちから―チンパンジーは絶望しない

図32. 想像するちから
図37. ©齋藤亜矢, 林美里, 松沢哲郎

三つ目の答えは「想像するちから」です (図32)

目の前にあるものだけではなく、そこにはないものに思いを馳せる、それこそが人間の人間らしい力だと考えるようになりました。

図33. 描画中のチンパンジー・パル
図34. チンパンジー・アイの作品
図35. チンパンジー・アイの作品
図36. 先に描かれたものへの描画

チンパンジーはお絵描きが好きです。画用紙と絵筆を与えると好きなように絵を描きます (図33-35) それから、チンパンジーは先に描かれたものになぞり描きをします。あらかじめ白い画用紙に黒い細い線で丸を描いておいて、「はい、どうぞ。自由に描いてください」と言いますと、その黒い細い線をチンパンジーはなぞります (図36)

当時私の学生だった齋藤亜矢さんという方がとても面白い検査を思いつきました (図37)。これはアキラというチンパンジーの似顔絵の線画です。よく見ますと、右眼がなかったり、左眼がなかったり、両眼がなかったり、眼も鼻も口もなかったりします。そのような似顔絵を用意して、「はい、どうぞ。自由にいたずら描きしてください」「なぐり描きしてください」と言います。


図38. チンパンジーの描く絵 Saito A, Hayashi M, Takeshita H, Matsuzawa T (2014) The Origin of Representational Drawing: A Comparison of Human Children and Chimpanzees Child Development Volume 85, Number 6, Pages 2232-2246

そうしますと、チンパンジーは自発的に顔の輪郭線をなぞります (図38)。そこで、



図39. 人間の描く絵. Saito A, Hayashi M, Takeshita H, Matsuzawa T (2014) The Origin of Representational Drawing: A Comparison of Human Children and Chimpanzees Child Development Volume 85, Number 6, Pages 2232-2246

同じことを三歳二カ月の人間の子どもにやってもらいました (図39)。すると、チンパンジーが絶対にしない描画をします。三歳を超えた人間の子どもは、空白の顔に眼や鼻や口を描き入れるのです。図38がチンパンジー、図39が人間の絵です。全然違いますよね。人間の子どもは「おめめがない」と言って眼を描き入れ、「おはながない」と言って鼻を描き入れます。チンパンジーは空白の部分は空白のままで、目の前にすでに描かれている顔の輪郭をなぞります。人間は空白の顔に本来あるべき眼や鼻や口を見てとります。このようにチンパンジーと人間には大変明確な違いがあることがわかりました。

図40

図41

図42

図43

チンパンジーは「いま、そこにあるものを見る」、人間は「いま、そこにないことを考える」と私は解釈しています (図40)

チンパンジーは目の前にあるものを見て、人間は目の前にはないものにも思いを馳せる。そう考えますと、先ほどの数字の短期記憶はそれほど不思議ではありません。なぜなら数字は「目の前にあった」わけですから。チンパンジーは目の前にあるものを覚えることは得意なのです。しかし、人間のように目の前にないものに思いを馳せることは苦手です。ですから、チンパンジーは「赤」という字を見ても何も想起されない、心に赤色を思い浮かべることが難しいのです。

チンパンジーに想像する力がないわけではないのですが、人間はその時間の広がりと空間の広がりが非常に大きいのだと私は考えています (図41)

簡単に言いますと、チンパンジーは「いま、ここ」の世界を生きています (図42)。それに対して人間は自分が生まれる前の遠く離れた過去や自分が死んだ後の遠い未来を想像します。例えば「私が死んだ後、子ども達や孫達はどうなるのだろう?」と思いを馳せたり、地球の裏側で苦しんでいる人々に心を寄せることができます。

そして、チンパンジーは「いま、ここ」の世界を生きていますから絶望しません (図43)。絶望する理由がないのです。「いま、ここ」の世界を生きていますから、明日のことでくよくよ思い悩むことはありません。一方、人間は想像する力がありますから簡単に絶望してしまいます。「このまま寝込んだらどうしよう」と思ってしまうわけです。しかし、想像する力があるからこそ、いかに現状が悲惨であっても将来に希望を託して生きていくことができます。それが人間だと思うようになりました。


このような日本、アフリカでの研究は、多くの方々の協力を得て成り立っています (図44, 45)

図44
図45
この記事は、2014年12月4日に日本綿業倶楽部にて開催された、日本綿業倶楽部の倶楽部茶話会での松沢哲郎先生の講演内容を転載したものです。