講演『想像するちから:チンパンジーが教えてくれた人間の心』

講演『想像するちから:チンパンジーが教えてくれた人間の心』
京都大学霊長類研究所教授 松沢哲郎
(この文章は2014年12月4日に日本綿業倶楽部にて開催された、日本綿業倶楽部の倶楽部茶話会での講演内容を再録したものです)

「人間とは何か?」という問いに答えるために

アウトグループという発想

よそもの:対象の外から眺める
図1

これまで「人間とは何か?」ということを考えてきました。そして、その問いに答えるためにチンパンジーの研究をしてきました。そう申しますと「『人間とは何か?』という問いに答えるために、なぜチンパンジーの研究をするのか?」と疑問をもたれると思いますので、それについてまずご説明したいと思います。

そこには「アウトグループ」という発想があります。「集団の外にいる者」という意味ですが、「対象を外から眺めたほうが、かえってその本質に近づきやすい」という発想です。簡単にご説明しますと、日本を深く知りたければ日本の歴史や地理、社会制度について詳しく学ぶと思いますが、それ以外にも手っ取り早く知る方法があって、それは外国へ行くことです。外国へ行けば日本がどのような国かすぐにわかります。水と空気がきれいで安全な国です。同じように日本人について知りたければ、その手っ取り早い一つの方法は、外国人とお友達になることです。ですから、「人間とは何か?」という問いに答えるために、「人間のアウトグループに目を向ければ人間の本質が理解できるのではないか」という発想から、チンパンジーを研究しています。

「アウトグループ」という発想はどんなお仕事にも適用できます。あえて自分の抱えている眼前の問題の外側に目を向け、そこにあるものを理解することで、かえって自分の抱えている問題の本質が見えてくるのではないでしょうか。


ヒト科は四属

人間とは何か?
図2. ヒト科は四属
オランウータン
図3. オランウータン 東南アジアのボルネオ島に生息

ゴリラ
図4. ゴリラ アフリカに分布. ヴィルンガ火山群にて撮影

チンパンジー
図5. チンパンジー 西アフリカ、ギニア共和国のボッソウにて撮影

チンパンジー
図6. ボノボ 樹上の母子. 山本真也撮影

「人間とは何か?」という問いを掲げて、人間のアウトグループに目を向けると、そこにはチンパンジー、ゴリラ、オランウータンがいます。そして、今日、知識として持って帰っていただきたいテイクホームメッセージが一つだけあります。それが「ヒト科は四属」です。 (図2)

「ヒト科ヒト属ヒト」という表現があります。これは間違いではないのですが、「ヒト科ヒト属ヒト」という言い方をすると、すごく特別な生き物が世の中に存在しているというニュアンスが言外に漂います。それは間違いです。ヒト科は「ヒト科ヒト属(ホモ属)」「ヒト科チンパンジー属(パン属)」「ヒト科ゴリラ属」「ヒト科オランウータン属」の四属です。

そう決まったのは二十一世紀になってからです。皆さんよくご存じだと思いますが、二十一世紀になって、生物学のうえで非常に革新的な理解が進みました。それが人間の全ゲノム解読です。全遺伝情報、三十億の塩基対の解読が進み、二〇〇一年にすべて解読されました。二〇〇五年にはチンパンジーの全ゲノムも解読され、人間の塩基配列と比較できるようになりました。その結果、一・二%しか違わない、九八・八%は同じでした。我々人間は九八・八%チンパンジーであり、チンパンジーは九八・八%人間なのです。ゴリラはそれよりやや遠く、オランウータンはそれよりさらに遠いのですが、それでもオランウータンの全ゲノムが解読された結果、九七%は同じだとわかっています。現在、これらをひっくるめて生物学上「ヒト科」と呼んでいます。

もう一つ、大切なことがあります。学問的にはどうであれ、我々の日常生活は法令に従って進んでいるわけですが、日本の法律でも「ヒト科は四属」です。「このような動物は絶滅危惧種ですから大事にしましょう」と書かれている種の保存法や動物愛護法には、絶滅危惧種として「ヒト科チンパンジー属」「ヒト科ゴリラ属」「ヒト科オランウータン属」と明確に名称が記載されています。チンパンジーもゴリラもオランウータンも、ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)、いわゆるCITES(Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora)で、パンダと同じように絶滅が危惧される「附属書Ⅰ」に分類されています。チンパンジーもゴリラもオランウータンも数が減少しています。

オランウータンの体毛は赤茶色、ゴリラは黒くてモコモコしています (図3, 4)(図4を見ながら、)ゴリラの赤ちゃんもかわいいですよね。 オランウータンは東南アジアのボルネオ島、スマトラ島に、ゴリラはアフリカに分布しています。

チンパンジーもアフリカに分布しています (図5)。チンパンジー属はチンパンジーとボノボで構成されていて、ボノボはチンパンジーの同属別種です。チンパンジーとボノボの関係は、人間でいえばサピエンス人とネアンデルタール人の関係になります。




動画1

ボノボはアフリカのコンゴに生息しています (図6)。小鳥のような声で鳴きます。
(動画1を見ながら、)この鳴き声は「おーい」という意味です。

この記事は、2014年12月4日に日本綿業倶楽部にて開催された、日本綿業倶楽部の倶楽部茶話会での松沢哲郎先生の講演内容を転載したものです。