Image Credit: Tetsuro Matsuzawa /Primate Research Institute, Kyoto University チンパンジーのアイと松沢哲郎教授
図: チンパンジーのアイと著者松沢

「こちらチンパンジーの松沢さんです」。そう紹介されることがある。チンパンジーを研究している、と言うべきところが省略されている。最初は苦笑したが、今は、言い得て妙だと思うようになった。生物学の世界では、研究者は研究対象に似てくる、とよくいわれる。対象にのめりこんで、ほんとうにチンパンジーになったとしたら本望である。チンパンジーから見た世界を、自分の目で実感できるからだ。

「人間とは何か」という問いに対して、さまざまな学問が答えを見出そうとしてきた。心のはたらきを担う脳の研究、心のはたらきを作り出すロボット工学、心そのものを科学的に理解しようとする認知科学。だが、それらの学問では答えが出せない問いもある。心の歴史についての問いだ。人間を人間たらしめている心の働きとは何か。それは、生物の長い歴史の中で、いつ、どのように生まれてきたのか。

人間の体が進化の産物であるのと同様に、その心も進化の産物である。「心の進化」という考え方を受け入れれば、親子関係も、文化も、教育も、人間の営みのすべてが進化の産物だと納得できる。では、人間の心はどのように進化してきたのか。骨や歯は化石として残るが、心は化石に残らない。

今も生きている近縁な他の動物と比較することで、人間の心の進化を探ることができる。人間とチンパンジーは、約600万年前に共通の祖先から分かれた。人間もチンパンジーももっているもの、たとえば道具を作って使う技術は、共通祖先ももっていたと考えられる。一方、音声言語のように人間に固有なものは、共通祖先から分かれて人間がその進化の過程で身に着けたと理解できる。

チンパンジーには見られず人間だけにある心の動きは、人間が共通祖先から別れた後に獲得したものだと考えられる。人間のみが持つ心の動きを特定することは、「人間とは何か」という問いに対する、1つの答えになるだろう。

人間とチンパンジーを比較することで、心の進化を明らかにする比較認知科学という学問を提唱してきた。背景にあるのは「アウトグループの発想」だ。「対象の外にあるもの」という意味である。

たとえば日本人とは何か、と問うならば、外国人を友だちにもつと良いだろう。違う考え方、違う振る舞いに接して、初めて日本人とは何かを実感するだろう。教育の現場でいえば、小学校の先生は中学校で教えることで、小学校の意味を再確認できる。理科の教師は、英語の教育を見て学ぶことがあるだろう。会社なら、総務が会計を、会計が総務を担当することで、初めて見えてくるものがあるに違いない。

人間とは何か、と問うならば、人間以外の生き物に目を向けるのが人間理解のひとつの道になるはずだ。人間にとって最も近いアウトグループといえば、チンパンジーである。チンパンジーをアウトグループとし、その心を知ることで、人間とは何かを深く理解することができる。

そうした考えから、アイというチンパンジーを研究パートナーにした研究が始まった。京都大学霊長類研究所の「アイ・プロジェクト」だ。1978年4月15日、当時約1歳半のアイが、コンピューターの端末のキーを初めて指で押した。

並行して、アフリカのギニアで野生チンパンジーも観察している。石器を使ってヤシの種を叩き割ることで知られる、道具を使うチンパンジーの群れだ。実験研究と野外研究を融合させることで、チンパンジーのまるごと全体を理解したいと思っている。

アウトグループの発想は、カメレオンの目で世界を見ることだともいえる。アフリカの森に向かう道端でカメレオンを見つけた。話には聞いていたが、その目の動きを実際に観察して魅せられた。左右の目が独立に動くのである。片方の目で対象を凝視しつつ、もう一方の目で周囲を広く見渡す。カメレオンのように、片方の目でチンパンジーをよく見て、もう一方の目を広く人間社会に向けたいと思っている。

出典:日経新聞2015年05月17日朝刊  松沢哲郎教授連載「チンパンジーと博士の知の探検」第1回『外からの目でヒト探る』