Credit: Tetsuro Matsuzawa/Primate Research Institute, Kyoto University
写真:野生のボノボの母親は1歳の男の子をしっかりと足で抱きしめている(コンゴのワンバ森林)

チンパンジーと並んで、人間に最も近いのはボノボである。日本の動物園にはいないので、あまりなじみがないかもしれないが、チンパンジーより細身で、小顔で、唇がぽってりしている。

約600万年前に、ヒト属の祖先とチンパンジー属(パン属)の祖先が分かれ、パン属の祖先はさらにチンパンジーとボノボに分かれた。

一方ヒト属の方は、われわれサピエンス人と、約3万年前に絶滅したネアンデルタール人に分かれた。チンパンジーとボノボの関係は、いわばサピエンス人とネアンデルタール人の関係だ。

わたしは2010年に、アフリカのコンゴに、野生のボノボを初めて見に行った。まず驚いたのは、ボノボが仲間に食物を分け与えていることだ。一緒に行った山本真也さん(現在は神戸大学准教授)が、動物行動学分野のビヘイビア誌で詳しく報告している 1

現地語で「ボーリンゴ」と呼ばれる甘くて大きな果実がある。若い女性のボノボが、自分でも容易に取れるのに、わざわざ年上の女性に近づいてその実をねだる。

チンパンジーなら、この状況で自分の食べ物を与えることはまずありえない。しかし年上のボノボは若い女性が実をもっていくのを許す。若いボノボがわざわざ食べ物をねだり、年上のボノボが気前よくそれを分け与える。そうすることで親密感が増しているらしい。

コンゴでは、隣り合ってすんでいる2つのボノボの群れが出会う場面にもたまたま遭遇した。ボノボは興奮して声をあげるが、けんかはしない。そのかわり老若男女すべての組み合わせでセックスする。男女だけではない。男性同士、女性同士もある。

男女のときは男性器を女性器に挿入するので、行動の定義上、セックスとしか呼びようがない。一方、同性同士では、対面して抱き合い、互いの性器をこすりあわせる。その様子を見ていると、セックスと呼ぶよりもあいさつに近い。

日本の文化では、あいさつをするときには互いに距離をとってお辞儀をする。あいさつのために握手する文化も、抱き合う文化もある。頰と頰をすり合わせる、さらには鼻先をすり合わせる文化もある。であれば、性器を重ねるあいさつがあっても不思議ではない。

また英国のケンブリッジ大学との共同研究で、ボノボとチンパンジーはすんでいる環境は似通っているが、チンパンジーが棒でアリを釣って食べるなどさまざまな道具を使うのに対して、ボノボはほとんど道具を使わないことがわかった。

京都大学野生動物研究センターは、2013年に日本で初めてボノボを受け入れ、研究を始めている。最近、ドイツのマックスプランク進化人類学研究所と共同で、ボノボがどんなものを見ているかを調べる実験をした。 2

モニター画面に仲間のボノボの写真を映し出し、アイトラッカー(視線検出器)という装置を使って、どこを見ているかを検出する。

全身の写真を見せると、ボノボはチンパンジーよりも長い時間、仲間の顔に注目した。次に顔写真だけを映し出すと、特に目の部分を注視した。ボノボのほうがチンパンジーより、仲間の視線に敏感なようだ。

これら一連の研究から、チンパンジーとボノボには際立った違いがあることが見えてきた。

チンパンジーは男性優位で、多様な道具を使う。隣り合う群れは仲が悪く、顔を合わせれば戦いに到る。

ボノボは女性優位とまではいえないが、性による優劣はなく、道具はほとんど使わない。隣り合う群れは平和に共存する。相手の顔をよく見ており、視線に敏感だ。日々の暮らしの中で積極的に親しい関係を作り出そうとする。

人間には、チンパンジー的なものとボノボ的なものが同居している。ボノボの研究はチンパンジーにくらべて立ち遅れているが、ともに人間にもっとも近しい種である。人間の心の進化的な基盤を考え、「人間とは何か」という問いに答えを出すには、チンパンジーだけでなく、ボノボのさらなる研究が必要になるだろう。

日経新聞連載新聞記事『平和な生活愛するボノボ』
出典:日経新聞2015年07月19日朝刊  松沢哲郎教授連載「チンパンジーと博士の知の探検」第10回『平和な生活愛するボノボ』