Image Credit: Tetsuro Matsuzawa /Primate Research Institute, Kyoto University スバンテ・ペーボ博士と山極寿一総長
京都賞シンポジウムに出席したマックスプランク進化人類学研究所ゲノム進化科学部門長のスバンテ・ペーボ博士(左)と京都大学の山極寿一学長

ドイツのマックスプランク進化人類学研究所を率いる5人のうちの1人で旧友のスバンテ・ペーボ博士が7月、「京都賞シンポジウム」で講演するために来日した。古代のDNA研究の専門家で、エジプトのミイラから初めてDNAを採取した研究者として有名だ。

発掘されたネアンデルタール人の骨髄からDNAを取り出してゲノム(遺伝情報)全体を解読、現在のヨーロッパ人のDNAの4%ほどがネアンデルタール人由来だということを突き止めた。

その後、欧州から日本に至る地域で現代人がネアンデルタール人のDNAを持つことを明らかにした。ネアンデルタール人はサピエンス人と交配していた。われわれはわずかながら、ネアンデルタール人の血を引いているのである。

マックスプランク進化人類学研究所は高い評価を得ているが、ここに至るまでには、ドイツにおける人類学の再生に向けた、根気強い取り組みがあった。

ドイツという国にとって「人類学」という学問の響きほど忌まわしいものはない。ナチス・ドイツの時代に、アーリア人の人種的優越を示す「科学的な」根拠として使われたからだ。

アーリア人は、長身・長頭・金髪という特徴を持つ。また顔を横から見たときの顎の突出角度が直角に近い。ナチスはこれらの形質を持つ者は知的に優れていると断じ、「劣った」者を根絶してドイツを優れた国にするという優生学の思想を、政策に結び付けた。

一体、何が間違っていたのか。ナチスが倒れた後、ドイツの学問を主導するマックスプランク協会の指導部は、長い時間をかけて地道な検証を行った。そして「人間はみなサピエンス人という一属一種である」という事実を受け入れたうえで、人間の本性を考える学問として、人類学を再構築する試みを始めた。1980年代のことだ。

それはやがて「進化人類学」というアイデアに収斂し、97年、ライプチヒに、マックスプランク研究所のひとつとして進化人類学研究所を創設した。研究分野は人類進化を理解するのに不可欠な化石人類学、言語学、比較認知発達科学、霊長類学、ゲノム進化科学の5つに絞り込んだ。

各部門のトップには、世界の第一人者を迎え入れ、結果として全員が非ドイツ人になった。英国人、米国人、フランス人2人、そしてスウェーデン人のペーボである。

比較認知発達科学部門の長は、これも旧友のマイケル・トマセロ博士だ。今から20年前のある日、彼から長い手紙が来た。すでに米国南部の名門エモリー大学の心理学部の少壮教授だったが、近くドイツに移るという。人事権と巨額の予算権があり、20年近い将来を約束されたからだ。

面接の場で、「ドイツを世界一にしたい。そのためには何が必要ですか?」と問われたそうだ。予想外の質問だったが、思いつくままに「チンパンジーとボノボとゴリラとオランウータンが必要です」と答えた。すると実際に、大型類人猿のすべての種がライプチヒの動物園に用意された。

ポンゴランドという、東京ドームのような屋根を持つ全天候型の施設だ。中央に立つと、4つの種の区画がすべて見渡せる。動物園にとっては目玉となる展示施設で、研究所にとってはウォルフガング・ケーラー記念霊長類研究センターという研究施設である。運営に要する経費は市と協会で折半するしくみだ。

進化人類学という新興の学問分野で、ドイツはまちがいなく世界のトップに躍り出た。ヨーロッパ中から若い俊秀がドイツに集まり、そこからまた散っていく。

創立から20年近く経過しようとしている。トマセロはアメリカに帰る準備を整えた。世代交代が始まるのだ。言語学部門は今春閉鎖され、今秋からは言語ではなく、文化に焦点を当てた新部門に衣替えする。

当初すべて外国人だった部門長は、いずれはドイツ人に置き換わるだろう。戦争を総括して学問の将来を見据え、綿密な計画を立てた当時のリーダーたちの見識に、目を見張る思いがする。

日経新聞連載新聞記事『ドイツの人類学再生の道』
出典:日経新聞2015年08月16日朝刊  松沢哲郎教授連載「チンパンジーと博士の知の探検」第14回『ドイツの人類学再生の道』